不在

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 自分が嫌われる事と引き換えにしてまで、千都香を漆から遠ざけたのだ。今更かぶれる訳が無い。  その時に、毅の元で雇って貰え、なんなら永久就職してしまえと言ったのは、壮介だ。  毅の元に身を寄せて、手伝いをして、今日も毅の器の直しを頼みに来ている。毅が器を割る理由は、自分が満足していない作品を世に出す事が許せないからだ。それを譲らせる程の関係になり、作品に見合う繕いをしろと言う──千都香は既に、毅の懐の中に守られて、寄り添う存在になったのだ。  (うなじ)に散った赤は、その印だ。  それを、わざわざ見せに来たのか。  無意識にかもしれないが、それはそれでたちが悪い。  しかも、今日。  ……まさか。  「えっ?!え、なにっ……ひゃ……」  人の気も知らないで、無邪気に復讐をしに来た女の項の赤に(かぶ)り付く。  毅に見られたら気付かれるかもしれないが、構うものか。千都香は、壮介が先に見付けたのだ。先に見付けて、(なつ)かれて、お互いに特別な(した)わしさを抱いて──漆がそれを全て壊した。  一度くらい、良いだろう。永遠に近付けなくなるのだから。  甘い声で鳴かれて、狂いそうになる。奴にはこんな声を聞かせるのか。こちらを見もしない、強情な女──もう、千都香が壮介を、恥ずかしそうに見てくれる事は無いのだ。  そこで突然、頭が冷えた。 「……悪かった。」 「え」  時間が無いが、まだ間に合う。何もかもを台無しにする訳にはいかない。 「最後にセクハラだか弟子ハラだかして、悪かった。二度としねぇから、忘れてくれ」  これで千都香を帰せば終わる。  小さく溜め息を吐いて、帰れと告げようとした時。 「……いやっ……」 「え」 「……やだっ、やですっ……」 「おい」  千都香が抱き付いて来て、駄々を()ね始めた。長引くと困る。壮介は、適当にあしらおうとしたのだが。 「私、先生に、触って欲しいっ……」 「千都香っ?!」  千都香は、とんでもない事を口にした。すっかり興奮しているらしく、顔が真っ赤で涙目になっている。 「だって、ずっと触ってほしかったっ」 「お前、何言ってんだ」  かたんと玄関で音がする。  そちらに背を向けて(わめ)いている千都香は、それに気付かない。
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