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「……何度謝られても、もう、どうしようも無いけどな」
他人事の様に、毅はうっすらと苦笑した。
「俺がお前をあの時殴り倒しとけば、済んでた話だ。それをしなかった時点で、俺にお前を責める資格は無い」
「……本当に、申し訳無かった……」
「お前の為に見逃してやった訳じゃ無い」
壮介の度重なる謝罪に、毅の声が深い怒りで底冷えした。
千都香はあの時、自分から壮介に縋って口づけていた。千都香が、壮介を選んだのだ。
目の前に壮介が居なかった時はいざ知らず、目の前に居たならば毅は壮介に勝てないと言う事を、まざまざと見せつけられたのだ。
「……結局、千都香さんは俺を認めてはくれなかったって事だ」
壮介の気持ちは、複雑だった。
毅に開けてやらなかった扉を開けて、千都香は壮介を中に入れてくれた。本来なら喜んでも良いのだろうが、そこまでの経緯が酷すぎる。一度放り出した千都香を、人のものになる寸前で取り戻したのだ。それも、自分が千都香との事を勧めた友人相手に──卑怯な振る舞いにも程が有る。
「知ってたんだけどなあ」
毅は、淋しげに笑った。
「強引にでもこっちに向けてしまえば、何とか出来ると慢心してた。時間が掛かっても、いつかは……そう思っても仕方ないだろ?肝心のお前が、手を引いたんだから」
「……許して貰えるとは、思ってない」
「だろうな」
嫌味に聞こえそうな言葉も、嘆きも、どこかのんびりとして聞こえる。それは毅が滅多に無いほど本気で怒っているからだと、付き合いの長い壮介は知っていた。
……知っていたけれど。
「許してくれなくて、構わない。……だが、千都香は、返してくれ」
その事だけは、譲る気は無かった。
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