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「いらっしゃいませー、毎度ありがとうございまーす。いつもの『普通のビール』こと黒ラベル中ジョッキで、宜しいですかー?」
壮介は和史のご指導に従ってICカードを手に入れて千都香の家に寄ったのち、予定通りビヤホールにやって来た。ここに来ていると言う事は、依然として千都香は家には居ない様だと言うことだ。
運良く混み始めない時間に入れて、運良く木村がやって来た。木村が来た方は運では無いのかもしれない。なんとなく、ニヤニヤされている様な気がする。
「……平取は?」
「あいにく平取はメニューに御座いませーん」
そんな事は、分かっている。頼んで千都香が出て来るのなら、とっくにここに来て注文している。
壮介が「ちょっと考えさせて下さい」と答えると、木村は下がらずそのままそこで待っていた。
「……次の出勤は?」
「あれ?知らないです?」
滅多に見ないメニューをめくりながら呟く。また「メニューに御座いません」と言われるかと思ったが、今度は木村は軽く答えた。
「平取ちゃん、当分休みじゃないですかー」
「え」
知らない。壮介が知らないのは当然だ、千都香は首にしたのだから。
……しかし、休み。しかも、当分。
「まさか昨日の」
「昨日?」
「や、」
思わず、口にしてしまった。これ以上は一ミリも言えない。それとなく聞きたい事に方向を逸らす。
「休みの連絡が来たのは、いつだ?」
「んー?……連絡っていうか、聞いたのは一週間くらい前ですよー?」
「一週間……」
木村のけろりとした返事は、壮介を困惑させた。
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