一途さの功罪

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 毅は、ここ三日ほど、ビヤホールに通い詰めていた。いつもの三人組で……ではなく、一人でだ。  初日にふらりとやって来て、「ご無沙汰しています、千都香さん」と挨拶をされたとき、千都香は心底驚いた。久し振りに毅に会ったという事も有るが、一瞬誰だか分からないほど、普段と雰囲気が違ったのである。  聞けば、新宿の百貨店の美術サロンで作品展が行われていて、何日間か在廊する予定らしい。壮介や和史にはDMを送ったという事だったが、千都香の住所は知らないし、壮介の助手もここのバイトも休んでいたのでしばらく会えず、知らせる手立てが無かったと言う。  お互いに無沙汰を詫びるやり取りの後、「今更で申し訳ないんだが、良かったら」と、手渡しでDMを受け取った。 「ご注文は、以上で宜しいですか?」  頼まれた物を端末に入力し、復唱する。 「……注文、って言うか……」  毅はまだメニューを開きながらちらちらと千都香を見ていたが、ぼそりと口を開いた。 「……今日も、終わるの待ってて良いかな」  大きな体でこそこそと聞かれて、千都香は笑いを噛みころした。  そう聞かれるのは、初めてでは無い。毅は、初日はDMを渡しながらさり気なく、二日目は「ご注文は以上でお揃いですか?」と聞いたときに照れに照れながら、同じことを聞いて来ているのである。  三日目だと言うのに、千都香がどういう返事をするのか、そんなに心配なのだろうか。 (立岩さんって見た目と違って、気が弱い人なんだ……なんか、可愛いかも……)  思わず、そんな事を考えてしまう。いくらなんでも失礼過ぎると反省しつつ、千都香は申し出に頷いた。 「はい。お言葉に甘えます、ありがとうございます」 「良かった。……じゃ、注文はそれでお願いします」 「かしこまりました」  ほっとした様にネクタイを緩める毅に、少々お待ち下さい、と言い置いて、千都香は厨房に向かった。
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