ちぃちゃんはどこ?

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   *   *   *  小さな体が玄関で靴を履き、リュックを背負って立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。 「おせわになりました!!」 「またおいでねー!」 「待ってるよー、いつでもおいで。気をつけて帰ってね……ゆき、宜しくね」 「はーい。まなちん、忘れ物無い?」 「大丈夫!」  短いお泊まりが終わった愛香は、雪彦に送られて家に帰る。必要なものや着替えは城山邸にも置いてあるので、荷物は少ない。梨香と千都香から持たされた保存出来るおかずは、雪彦の持っている紙袋の中だ。 「ゆきにい?」 「なあに、まなちん。」  マンションを出て、駅に向かって手を繋いで歩きながら、愛香が雪彦のことを見上げた。 「あのね、ひみつのお願いがあるの。」 「秘密?」 「うん。」  雪彦を見上げながら、愛香はぽつりと言った。 「……ちぃちゃん、お布団で泣いてたの。」 「え」  雪彦は、とっさに言葉が出なかった。  千都香が泣いているという事も、ショックでは有った。だが、それは想像の範囲内だ。  ぎこちなくしか笑わない、話さない、食べない、寝ない。少しずつ和らいで来たが、「先生のとこには二度と行かないから、しばらく置いて」と言って突然家に来た当初は、酷い物だった。  しかし、千都香が泣いていたという事を、愛香が自分だけに今「秘密」として伝えて来た事は、それ以上に衝撃だった。 「……そっか。ごめんな、びっくりしたよな」 「ううん。おとうさんもだから」 「っ」  言葉を失った雪彦の耳に、愛香の呟きが聞こえてくる。 「おとなは昼間いそがしいから、夜泣くんでしょ?まな、そういうの、じゃましないの。でも、起きたらおとうさんにやさしくするって決めてるんだ。でも、今日は、もう帰らなきゃだから……だから、ゆきにい、ちぃちゃんにやさしくしてあげて?」 「……分かった。約束する」 「良かったー、ありがとう!」  雪彦はほっとした様に笑う愛香を、抱き締めたくなった。だが、今のご時世、道端で大学生が小さな女の子を抱き締めていたら、何かとまずい。 「まなちん?」 「なぁに?」 「……肩車、する?」  今の状況で精一杯の、雪彦なりの愛情の示し方だったのだが。 「しない。スカートだから」 「……あー……」  即答だった。しかも、ご機嫌を損ねた。 「……なんか……ごめん……。」  ぷうっと膨れる愛香は愛くるしい事この上ないが、袖にされた事は切ない。  愛香はもう赤ちゃんではなく、スカートを気にする女の子なのだ。
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