ちぃちゃんはどこ?

11/41

167人が本棚に入れています
本棚に追加
/313ページ
   * 「金曜日ですか……」 「ええ」  平取千都香を訪ねた、着物姿の老婦人。  同じ位の年齢の、洋装の老婦人。  冬だというのに素足に雪駄の、作務衣を着ているもさっとした男。  三人は平取千都香の住まいの最寄りの喫茶店で、何やら考え込んでいた。 「それが駄目なら、退去手続きの日も有るそうです。でも、滞在時間はそちらの方が短いだろうから、都合が付くなら金曜日の方が良いのではとのことでした」  麻はそう説明すると、襟元から懐紙を出して口元を軽く押さえて、ロイヤルミルクティーのカップを取った。 「……おはぎの力ね……」 「は?」  コーヒーに手を付けずに考え事をしていた壮介の頭に、清子の呟いた「おはぎ」が突然乱入して来た。「おはぎ」はどこから出て来たのだろう。 「奥様と相談して、私が千都香さんにおはぎのお裾分けを持って来たという設定にしたんです。もちろんご不在でしょうから、最後は管理人さんに差し上げるという算段で」 「ああ……」  あの風呂敷包みはおはぎだったのか、と壮介は思った。そう言えば、麻は今はもう包みを持っていない。 「麻さんのおはぎは、美味しいものねえ。誰の口も、軽くするわよね」  明後日の方向に感心ながら、清子は長めのカーディガンの袖を少し引いてから紅茶のカップを手に取った。 「奥様のお陰でも有りますよ」 「どうして?」 「いつもの私では若干雰囲気が固いと思いましたので、親しみやすくする為に、奥様の真似をさせて頂きました。『千都ちゃんに会いたいのだけど』とか『困ったわぁ』とか『そうなのねぇ』とか」 「……あら。私、いつもそんな?」   身振り手振り付きで清子の真似をした麻を見て、清子が心外そうに呟いた。  壮介が見る限りなかなか上手い物真似だったのだが、ここで吹き出してはご婦人方の機嫌を損ねる。物真似についての話は早々に畳む方が良いだろう。 「有り難うございます。麻さんと清子さんが協力して下さったお陰で、千都香の消息が知れました」 「いいえ!だって先生が聞きに行っても、絶対教えてくれないでしょう?」 「不審人物に思われたら困りますものね」  全くその通り過ぎる二人の言い分に、壮介は苦笑した。  千都香の退去を知った三人は、千都香が手続きの為に住まいに戻る日を知るにはどうしたら良いか、考えた。  清子が千都香に連絡して聞くという手も有ったが、それは最後の手段にすることにした。  壮介に話を聞いていなければ、清子は千都香の不在も転居も知る事は無かった。清子にとってというだけならば、現状は千都香から連絡が来る期間が少し開いているだけでしかない。清子と麻にしてみれば、千都香は行方不明でも何でも無いのだ。それなのに、急に引っ越しの件を聞くのは不自然だろう。壮介から聞いたと察して警戒して、教えてくれないかもしれない  それで、まずはマンションの管理人に、それとなく当たってみようという事になったのだが。 「年寄りの女って、こういう時にはほんと便利よねえ。親切にして頂いて、ありがたいわぁ」 「だからって調子に乗って、世間様の善意に頼りすぎないで下さいましね」  呑気に笑う清子を、麻が軽く睨んだ。 「昨今は優しいどころか、襲われて金品を奪われたりも致しますから」 「はいはい、分かってますよ……先生、金曜日は何時にお出掛けになるの?」 「奥様っ?!」  清子の問いに、麻が目を剥いた。これこそ、調子に乗った年寄り的な言動ではないだろうか。 「まさか、ついて行くんですか?!」 「やぁね、行かないわよ。参考よ、参考」 「参考って、何の?」   「……せっかく、ご尽力頂いたんですが、」  二人がわいわいと騒いでいたら、壮介がぼそっと呟いた。 「金曜日は、生憎(あいにく)と仕事です。」    
/313ページ

最初のコメントを投稿しよう!

167人が本棚に入れています
本棚に追加