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「ごめんね、ゆき」
「良いから良いから。今は休んでて、ちぃ姉」
玄関で靴を履きながら、雪彦は従姉妹に言った。
従姉妹の千都香はパジャマに上着を羽織ってもこもこした靴下を履き、マスクをしている。
マスクをしているのは、体調が優れないからだ。数日前から「気持ち悪い」と言い始め、今は熱と咳が出ている。インフルエンザだと困るから、と病院に行ったが、検査の結果はシロだったそうで、薬を貰って静養している。
間の悪い事に、今日は千都香の引っ越しの日だった。
大きな物の梱包は業者任せだし、細々した荷造りは、済んでいる。こんな状態なのに無理を押してまで、千都香本人が立ち会う必要は無い。雪彦が代理で行けば良いからと、城山姉弟に説得されたのだ。
「長年住んだお部屋にお別れしたいかもだけど、鍵返す時に見れるしさー。それまでだって、少し日が有るじゃん?無理して今日行く必要無いよ」
「……でも」
「とにかく!ちぃ姉はごろごろしながら待機する係ね!どーせ、ここに荷物来るんだし。そしたらイヤでも働かなきゃいけないから!」
「……うん。」
「それに、風邪のままじゃあ、まなちん、泊まりに来れないよ。ちぃ姉の部屋で、一緒に寝れないじゃん。片付けて、風邪治して……まなちんの為にも、やること沢山有るよ?」
「分かった。ありがと。宜しくお願いね」
「うんうん、任せて!行って来まーす!」
妙なクマの付いたついた鍵をちゃらんと鳴らして千都香に見せてからナイロンジャケットのファスナー付きのポケットに仕舞い、雪彦はマンションを後にした。
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