ちぃちゃんはどこ?

15/41

167人が本棚に入れています
本棚に追加
/313ページ
   * 「おはようございまーす、お世話になりまーす」  千都香のマンションに着いた雪彦は、まず管理人室に声を掛けた。不在な事も多い管理人だが、この曜日のこの時間は在室している。 「おはようございます。何かご用ですか?」  白髪混じりの髪を適当に分けて撫でつけている初老の管理人は、読んでいた新聞から目を上げて、小窓を開けた。見慣れない顔だからか、眼鏡の縁から上目遣いでじろりと雪彦を見る。 「三〇三号室の平取の従兄弟の、城山と言います。今日、荷物を運び出すんですが、本人が体調を崩しまして……代理で伺いました」 「ああ……」  雪彦の素性が知れたからか、管理人の態度が柔らかくなる。事務用のA4横型のクリップボードを手にとって、挟んである紙をめくった。 「……はい、承ってます。平取さん、風邪か何か?」 「病院では、多分そうだろうって事でした。退去日には来れると思うんですが……業者さん、もう少ししたら来ると思います。宜しくお願い致します」 「はい、了解です。……インフルエンザじゃなくて良かったですねえ。鍵、開けましょうか?」 「ええ、お陰様でインフルエンザ検査は陰性でした。鍵は預かってるので、大丈夫です」  雪彦はインターホンと数字ボタンの付いた入口のパネルに、間延びしたクマの付いた鍵を翳した。赤いランプが点滅し電子音が鳴って、エレベーターホールに続く自動扉が開く。 「あ」 「え?」  自動扉が閉まる瞬間、管理人が何か言いかけた気がした。しかし、閉まった扉が外から開く気配は無い。大した用事では無いのか、もしかすると単に何か思い出しただけで、雪彦への用事ですら無かったのだろう。  エレベーターの脇のパネルに並んだボタンの中から、上向きを押す。ちょうど一階にいたエレベーターの扉が、すぐに開いた。  エレベーターに乗り込んだ雪彦は、わずかの間、玄関ホールとの間のすりガラスのドアを見ていた。ドアは開きもせず、誰も入っても来ない。それを確認すると三のボタンと閉のボタンを立て続けに押して、目当ての階へと上がって行った。
/313ページ

最初のコメントを投稿しよう!

167人が本棚に入れています
本棚に追加