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「これで全部で宜しいですか?」
「あー……ちょっとおまち下さーい」
雪彦は、部屋の中を見回した。
何度か遊びに来た事のある部屋からはほとんどの物が運び出されて、やけに広々として見えた。もっとも、今日部屋に入った時点で既に今までの雰囲気は無かったのだ。大物以外は箱詰めされて、「すぐ開ける」「必要が出来たら開ける」「そのまましばらく置いておく」などの分別と品名がマジック書きされて積んで有ったからである。
それらの箱も、大きな家電や家具も、全て部屋からは無くなった。あとは千都香が意図的に紙袋に詰めて退去の日まで置いておくことにした、小さな掃除機や雑巾などの、細々した物だけしか残っていない。
「はい。大丈夫みたいですね」
「では、この後トラックに同乗して頂いて、」
今日のこの後の予定を、雪彦と業者の代表者が話していたら、何故か部屋のチャイムが鳴った。
「……あれ?」
「荷物の配達かなんですかね?」
「いや、でも……」
この部屋が引っ越し中なので、現在玄関は開けっ放しだし、エレベーターも三階だけには開錠無しで上がれる様になっている。今だけは、ここまで来るのに鍵は要らない。
「業者は鳴らしますよ、玄関がどんな状態でも」
「あ、そうか」
エントランスから荷物が運び出されていても何号室の物かは分からないし、宛先の家だってこのマンションから今引っ越している人間が居るかどうかなど分からないだろう。配達業者は、送り状に書いてある通りの番号を呼び出すしかない。
「はーい……あれ?」
雪彦はインターホンに応答したが、既にモニターの向こう側には鳴らした者の姿は無かった。
「おかしいですね。上がっちゃったのかな」
「でも、まあ、開いてるし……あ。」
再び、呼び出し音が鳴った──ただし。
今度の音はエントランスの物ではなくて、この部屋の玄関チャイムの音だった。
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