167人が本棚に入れています
本棚に追加
/313ページ
「お邪魔します」
「はーい」
男は履物を脱いで廊下に上がった。雪彦は玄関に鍵を掛け、奥の部屋までさっさと進んだ。
玄関、ユニットバス、洗濯機置き場と物入れ、キッチン、四畳半の部屋。千都香の家は、それが全てだ。
「見てお分かりの通り、今ご在宅なのは、あんたと俺だけ」
男に在宅かと聞かれた千都香は、ここには居ない。居ないのだから男の用は済まないだろうが、雪彦は男に用が有る。
「……そうか……」
「あんた『先生』?それか『毅さん』?」
伸びをしながら雪彦が聞くと、男の目が不審げに雪彦を見た。
「君は……」
「平取千都香の従弟。で、今日の引っ越しの、責任者」
「……城山君か?」
「え」
「梨香さんの、弟さんか」
「……あんたに関係無いだろ」
「千都……平取さんは、君達の家に居るのか?」
「知らねーよ。知ってても教えねーよ、ちぃ姉の敵は俺の敵だし」
「俺は、敵なんかじゃ」
男は反論しかけたが、目を逸らして苦笑した。
「いや……そう言われても、仕方無いな……」
仕方ないどころの騒ぎでは無い。
絶対に会わせる気は無いが、こいつに今の千都香を見せてやりたい。生気のない千都香の異変の原因のいくらかは、確実に目の前のこの男に有る。
雪彦は、家族の縁が薄い。母は亡くなり、父はさっさと義母と新しい家庭を作った。姉の梨香も同じ境遇だが、年齢が違う。家に縛り付けられなくとも良かった梨香と雪彦では、同じ目に遭っても受けた影響の大きさは同じでは無かった。
雪彦にとって、千都香や央子や娘の愛香は、家族以上に家族だ。ある意味母代わりと言っても良い。
それを、傷付ける奴。敵以外の何者でも無い。
「……お姉さんにも、」
こいつを、どうしてやろうか。
思案している雪彦の耳に、男の呟きが聞こえた。
最初のコメントを投稿しよう!