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「お酒は良いよ。こういうお店で食べるだけっていうのも、悪い気はするけど……無理したくないし」
千都香はメニューを眺めて、サラダ、だし巻き、手作り豆腐などを選んだ。
「俺、肉とか頼んで良い?」
「うん」
雪彦が焼き鳥やぶり大根、お握りなどを、千都香の意見を聞きながら追加する。
「ちぃ姉、炭水化物は?」
「……様子見てからにする」
選んだ品を頼み終え、お茶で「お疲れ様でした」と乾杯していると、料理が徐々に運ばれて来た。早速、食べ始める。
「ちぃ姉、仕事とかどうするの?」
「そろそろ、探さないとねー。住むところは、もうしばらくお世話になる事にして」
食べたい気がしていくつか頼んでみたものの、千都香の食は進まない。箸を持ち上げるのさえ、だんだん億劫になって来た。
「ずっと住めば良いじゃん。梨香姉もそう言ってんだろ?」
「んー……でも、そんなに長く甘える訳には」
「失礼致します」
店員が個室の戸を開けたとき、千都香は銘々皿に乗っただし巻きを箸でつついていた。話しながらなんとなく小さく切ってしまっていたので、だし巻きはいつの間にか豆腐を賽の目にしたくらいの細かさになっている。
だし巻きには申し訳無いが、小さくしたからといって食べられる訳ではなさそうだ。もう下げてしまって貰おうか、と千都香が顔を上げた瞬間、店員の思いがけない言葉を聞いた。
「お連れ様がいらっしゃいました」
「……え?」
店員は「お連れ様」を部屋に入れると、会釈をして下がった。
千都香は、まばたきをするのを忘れた。
閉められた扉の前には、久々に見る牧壮介の姿が有った。
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