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「ラーメン屋とか立ち食い蕎麦とか牛丼とかなら、一人で入れない事も無いけど……この格好だとなあ」
毅は今、「美術サロンに作品が展示されている作家」として、仕事をしている。そのため、服装も普段のTシャツにジーンズでは無く、きちんとしたスーツだ。
がっしりした筋肉質な体型の毅は、スーツを着ると着映えがする。初日のロッカーで、木村と田仲、それに別の同僚達が、格好いいだのお姫様抱っこされてみたいだの、きゃあきゃあ騒いでうるさかった程だ。
作務衣以外の姿を一度も見た事は無いが、壮介ではきっとこうは行かないだろう。案山子とか七五三みたいになったりして、と思ってしまった千都香は、自分の想像にひっそり笑った。
「いつも着てるなら、気にしないんだろうけど……慣れてないから、色々気になって」
「きちんとした系の定食屋さんとかは、どうですか?サラリーマンで一人で来てるっぽい人、結構居ますよ。うちに来て下さるのは嬉しいですけど、栄養偏るんじゃないかなって……先生みたいにビールしか飲まないよりは良いでしょうけど」
千都香の知る限り一番偏った人物の名前を例に挙げると、毅は苦笑した。
「あはは。壮介が食わないのは、昔から変わらないからなあ」
「そうなんですか?学生さんの時は、もっと食べてたのかと」
今は三十代だからあんな風なだけで、若い時はもっと普通に食べていたのだろう。そう漠然と思っていたが、違うらしい。
「学生って言っても、壮介は俺達より年上だしね。社会人経験が有るから」
「え。先生、お勤め出来てたんですか……?!」
初耳だった。年が違うのは、単に浪人していたのかと思い込んでいた。
「出来てたかって……その辺は、壮介に聞くと良いよ」
ふーん、と千都香は思った。
壮介の昔の話など、本人の口からは聞いた事が無い。三人が話しているときに、そういう話になることも無い。思いも寄らぬことからこんな話が聞けるんだなあ、と思った千都香の中に、不意に聞いてみたいことが湧いて来た。
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