ちぃちゃんはどこ?

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「……それ、さっきも言ってなかった?」 「ゆき。黙って。」  千都香に睨まれた雪彦は、声ひとつ上げずに黙った。  雪彦と同じ事を、千都香も思った。だが、今は口出しをされたくない──帰ろうとしたのを止めておいて勝手なものだが、弟に対する姉というのは、そんな物だ。 「先生。」 「はい。」  はい、と千都香に答える壮介。  極め付けに珍しいが、今日何回も驚き過ぎた千都香には、もはやどうでも良くなっている。 「お気遣い頂かなくて、結構です。あれは、あの場限りの事ですし、私だって大人です。責任がどうとか、言ったりしませんから。そもそも、子どもも出来てませんしっ」  千都香は一気に畳み掛けた。  お腹の子に父親が必要だから結婚しようと言われた事が、今更じわじわと効いてきている。  壮介は、千都香を女として求めている訳では無いのだ。あの日は、千都香に頼まれたから、そうなっただけだ。その証拠に翌朝だって千都香に何も言わないまま、連絡事項のみのメモだけ残して、置き去りにしたではないか。その日も含め、今まで一度も、好きだと言われた事も無い。  千都香を探し当てたのも、責任を感じての事だろう。謝りたいと言ったから会わせたと、雪彦も言っていた。  妊娠していないことが分かったのだから、もう千都香には用は無い筈だ。何故また似た様な事を言うのだろう。  もう帰りたい、と千都香は思った。  これ以上話を聞いても、切なくなるだけだ。  帰って、寝たい。寝て起きたら全部終わっているのだろうが、それで良い。良い夢を追加で見たと思って吹っ切れば、新居と仕事を探すのも頑張れそうな気になるだろう。  今度こそ、邪魔をされても、ここから出る。  そう決意した千都香は握られた手を引っこ抜き、壮介と入り口の隙間を狙ってすり抜け…… 「っと待てお前!」 「ぅ!」  ……ようとして、ぎりぎりの所で止められた。
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