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「勘弁してくれ……」
ふーっと溜め息を吐かれて、涙が滲む。
自分は、溜め息を吐かせる様な存在なのだ。そんな事を思い知らされたくは無かった。
「……もうやだ……帰る……」
「分かった。話が終わったら退く。その間だけでいいから、逃げんな」
通行を止められただけだった手が、そっと千都香を抱き寄せた。逃げるなと言っておきながら、拘束するほどには強くない。
その手を心地良く感じてしまうのが、情けない。抗えば良いと分かっているのに、自然と体を預けてしまう。
「千都香。」
「……なに?」
「返事は?」
「なんの……?」
惚れた弱味と言うが、自分はどれだけ壮介に弱いのか。切なく思っていたら、壮介が唸った。
「プロポーズのに決まってんだろ」
「っ……」
千都香は、プロポーズという単語で正気に戻った。
ずっとこのままで居る訳にはいかない。返事をしなくてはいけない。
はいと答えれば、このままで居られるのかもしれない。だが、義務や責任から口に出されたプロポーズなど、受けたとしても苦しいだけだ。断った方が良いに決まっている。
「……俺は、一度結婚に失敗してる」
千都香が返事に迷っていたら、壮介が淡々と話し始めた。
「愛想も良くない。家族も居ない。金持ちでもない。安定した仕事に就いても居ない。その上、お前をかぶれさせた元凶だ」
千都香は、両手を壮介の背中に回しそうになっているのに気が付いて、慌てて止めた。抱き締めたいと思ってしまった。そんなことをしたら、ますます断りづらくなる。
「結婚してくれと言える様な奴じゃないのは、分かってる。結婚が嫌なら、どんな形でも構わない。俺と一緒に居てくれないか」
「……でもっ……」
「俺はあの日、お前に触れて、幸せだった。お前は、そうじゃなかったのか?」
「っ……」
ずるい。壮介は、卑怯だ。
どんどん断りにくくなる。
「俺がお前にとって毒だってのは変えられねぇが、なんとかする。傍に居てくれ。頼む」
「……ばかっ……」
断る代わりに言えたのは、それだった。
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