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「……そうか……嫌か……」
「イヤだなんて、言ってないでしょっ?!」
気落ちした声でぼそぼそと呟かれ、反射的に言い返してしまう。
「え」
「っばかぁっ……」
もう無理だ。千都香は我慢するのをやめて、壮介に抱き付いた。
「ばかばかばかっ、 先生のばかっ……」
「……ああ」
抱き寄せられた手に、少しだけ力が籠もる。それに勇気付けられて、聞きたくなかったあの日の事を思い切って聞いてみた。
「……なんで、起きたらっ、居なかったのよっ……」
「……ごめん。お前を返してくれって、頼みに行ってた」
それを聞いて、体から力が抜けた。
千都香にはっきり言うより先に、どうして毅に言いに行くのか。男と男のけじめなのかもしれないが、理解不能だ。
毅と千都香とどっちが大事なんだという馬鹿馬鹿しい問いを発しそうになる。
「どうして、ちゃんと教えてくれなかったのっ?!」
見上げて詰ると、壮介の目が泳いだ。
「や……ちょっと、急いでて……」
「急いでても、そのくらい書けるでしょっ?!」
「書いても平気か分かんねぇだろ」
「え」
泳いでいた目が、千都香の上に戻って来た。
「俺よりあいつと居る方が良いってお前に言われたら、困んだろ」
「ばっ……」
「そう言われる前に、逃げ道塞いじまおうと思った」
壮介が、困った様な顔で頬を拭ってくれた。そうされたことで、千都香は自分が泣いているのに気が付いた。
「あの日お前が訪ねて来てくれて、はっきり分かった。俺は凄まじくお前に惚れてる」
目の前が涙で歪んで見えなくなる。
断る理由が、全て消えてしまった。
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