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「……ばかぁああ……」
「うん。馬鹿だな」
壮介が、またおかしい。
さっきは気落ちしていた「ばか」なのに、今度は妙に嬉しそうだ。
「千都香?」
「なによぉっ……」
「……返事が欲しい。」
俯いたら頬を両手で包まれて、顔を覗き込まれた。うっすら口元が笑っているのが憎らしい。
「……帰るっ。」
「え゛」
壮介が固まった。いい気味だ。
「……先生と、一緒に帰るっ……!」
千都香は驚く壮介を見て、泣き顔のまま笑う。
自分を置き去りにした壮介に、遅ればせながらの仕返しだ。
「……このっ……」
頬から手が離されて、抱き締められた。
「お前は……人を脅かしてんじゃねぇよ……!」
「きゃ!ごめんなさいー!」
抱き締めた手が緩み、片手でわしゃわしゃと頭を撫でられる。千都香は声を上げて笑いながら、壮介を見上げた。
どこかすっきりした気分で、髪を撫で付け姿勢を正し、表情を引き締めた。
「先生が、好きです。私を傍に居させて下さい」
「……有り難う。」
千都香につられて真顔になっていた壮介が、破顔した。
千都香が今まで見た中で、一番晴れやかな笑顔だ。今日は珍しい壮介をたくさん見たが、この壮介だけは、一生忘れないで憶えていたい。
「……先生?」
「あん?」
「大好き。」
「ああ。……千都香?」
「なぁに?」
「……好きだ。」
「ふふっ」
幸せで、くすぐったい。あの夜もそう思ったが、今の方がずっと嬉しい。自分の中に、不安も曇りも無いからだ。
「もう、黙ってひとりで置いてかないで……」
「悪かった」
今度は、優しく髪を撫でられる。
「一緒に帰ろう。窮屈かもしれないが、家に越して来い」
「ん……」
意地を張り続けた反動なのか、自分達でも頭がおかしくなったとしか思えない様な、ふわふわした会話を飽きずに繰り返す。
「……あのー……」
「あ。」
「あ!」
甘過ぎる戯言に酔っ払っていた纏まりたての二人の耳に、突然思わぬ呼び掛けが聞こえた。
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