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「……その頃も今みたいに食べなかったなら、奥さん、大変だったでしょうね……?」
口に出すには思い切りが必要な内容だったが、思い付いてしまった物は、仕方ない。言わないと、ストレスになりそうだ。
さりげなく言ったつもりが、耳に入った自分の声は、びっくりするほどぎこちなかった。変に思われただろうかと毅の横顔を目だけでこっそり見上げてみたが、特に気にした様子には見えない。
「いや、むしろ楽で良いって豪語してたよ。華也子女史は、そういう事は全然気にしない人だから」
「かやこじょし?」
「ああ。女史って言うのは、学生時代の徒名。華也子嬢とか華也子女史とか呼ばれてたな。名前の通り、華やかで目立つタイプでね」
「へー……そんな人なら、結婚式とか凄かったでしょうね」
「そうだなあ。花嫁は、まるでウェディングケーキみたいだった」
「……ウェディングケーキ……」
「うん。豪華で派手で、でもそれが似合ってた。……壮介のタキシードは、違和感有ったけど」
「違和感?そんなに、似合わなかったんですか?」
千都香の脳裏に、先程のスーツについての失礼な想像が甦る。
「いや、似合ってたよ。似合ってたんだけど、普段があれだろ?なんて言うか、薯蕷饅頭に生クリームがデコレーションされてるぞ、みたいな違和感が……あ。」
懐かしそうに話していた毅が、話を止めた。懐かしんでいて良い相手でも内容でも無い事に、気が付いたのだろうか。
「ごめん、口が滑った。壮介には言わないでくれると有り難いんだが……あいつ、凄く嫌がるから」
「もちろんです。言いません」
千都香は毅に頷きながら、かやこさん、と心の中で呟いた。
(……先生の奥さん──元奥さん、かやこさんって言うんだ)
どんな字を書くのだろう。華やかだと言っていたから、「か」は、華か。
(なんだろ……余計ストレスになった気が……)
言わないとストレスになると思って聞いたのが、言ってみても全くすっきりしていない。
聞かなきゃ良かった、と千都香はもやもやしながら思った。
その後、駅まで送って貰う間にも、毅と何か話した筈だが。
適当に相槌を打っていただけだったのか、後になって考えてみても、何を話していたのかを千都香は思い出せなかった。
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