一途さの功罪

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「……下に着てんのは、当たり前だろ!?」  着てなかったら大問題だ。即刻破門にせねばならない──とは言え壮介にとっては、千都香は断じて弟子なんかではないのだが。 「なんっでわざわざ、今着てる長袖を脱ぐんだって聞いてんだよ!!」 「分けるためです。」  壮介の剣幕に動じることなく、千都香はけろりと説明した。 「分けるだぁ?!」 「はい。ここで着替えて、ここで着た服は密封できるビニール袋に入れて帰って、それだけを別にして洗濯機でしっかり洗います。普段の服と分けることで、もしここで服に漆がついたとしても、日常に持ち込まないようにするって作戦なんですよ!!」 「…………ぉ……おう……」  千都香の力説に、壮介は気圧(けお)されて口ごもった。説明は、良く分かった。脱ぐのも納得せざるを得ない。 「で、長袖長ズボンを着る前に、クリームを塗ります」  壮介が黙っている間に千都香はさっさとブラウスを脱いで畳んで、小物の入った袋から白っぽいチューブを取り出した。  その蓋を開けて中身を手に絞り出すと、タンクトップから出ている肩や腕や首筋に、 「おい待て!!!!なんでクリームなんか塗んだよ!?」  ブラウスを脱ぎ、タンクトップになっただけでも普通ではない状況だ。その上、千都香の華奢(きゃしゃ)な手のひらが日焼けしていない白い二の腕や細い首筋を滑り、何やら甘ったるい香りを(まと)わせて行くと、居たたまれない気持ちになる。 「漆避けです。漆は油に着かないから、(はじ)くんじゃないかと思うんです」  あっさりとそう言いながら、耳や(うなじ)にもクリームを入念に塗っている──髪をかき上げた結果、まるでグラビアアイドルの様なポーズになっているのだが、本人にはクリームを塗る以外の意図は無いのが悩ましい。止めろと言える理由が無いからだ。 「髪もまとめて、バンダナでカバーします。耳にも耳カバーしようかなと思ったんですけど、これで隠せば大丈夫かなと……クリーム塗るし。」 「耳カバーって何だ?」  遂に、未知の単語に反応してしまった。耳もカバーも分かるのに、一緒になると分からなさ過ぎる。 「知りません?先生は、知らないかー。ヘアサロンでカラーとかする時、耳にはめるビニールのカバーです」 「……はぁあ?!んなもん、知る訳無ぇだろ!!」  すげぇな女。と、壮介は思った。  男性でも美容室に行く人は居るし、カラーリングをする人も居るし、耳カバーを知っている人も居るのだが……壮介の脳内には、その発想は微塵(みじん)も無い。 「で、念のため、脚にもクリームを」 「おいお前ほんとに待て!!」  耳カバーに気を取られている間にスカートを大胆に捲り始めた千都香を、壮介は今度こそ本気で止めた。
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