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パソコンや事務作業を納戸か台所でするという件の方は、なるべく漆に接しない為だ。
壮介は納戸でする事を主張したのだが、千都香はそれに反論した。
「だって、メールとかホームページとか、先生に確認取らなきゃいけない事が結構多いですよね?いちいち納戸を出て確認しに行きたくないです」
その点、台所は作業部屋と廊下を挟まずに続いている。仕切りの引き戸は基本的には開けっ放しなので、奥の流しや調理台に向かっていて作業部屋に背を向けていない限りは、移動しなくともその場で話が出来るだろう。
「……だから、納戸と作業場の間を取って、台所が良いと思うんです。」
「そりゃあそうかも知れねぇが……」
壮介が完全に反対では無さそうなのを見て、千都香は押してみることにした。
「えー、良いじゃないですかー。最初は着替えだって台所でするつもりだったんですから、パソコンくらいは台所でも良いんじゃないかなって」
「……待て。」
「はい?」
「今、着替えが何て言った?」
「着替え?着替えを台所でするって所?」
「……なんでんなもんんなとこでするって発想が湧きやがるんだ……」
「えー!?当然ですよ、着替えするのは漆対策ですから!先生に言われる前から、作業場ではしないって決めてましたよ?そしたらトイレか台所しか無いし、トイレは狭いじゃないですか。なら、台所しか無いですよね?だって納戸がきれいになってるなんて、来るまで思ってなかったし」
壮介は、恐ろしいことを聞いた、という表情になった。
「お前……台所は、戸が閉まらねぇぞ……?」
「知ってますよ?奥で着替えたらいいじゃないですかー」
のほほんと言う千都香に反して、壮介の周りには、ますます不穏な空気が立ち込める。
「奥っつっても……客が来てたらどうすんだ……」
「お客さんって、長内さんとか立岩さんでしょ?別に、良くないですか?……私、今日だって、先生の見てるとこで着替え……ぎゃん!!」
手拭いがまだ乗ったままだったので、壮介は心置きなく千都香の頭を叩いた。
「お前はっ……恥を知れ……!」
今日は、対策を検分するために、やむを得ず、しぶしぶ、仕方なく、着替えるところを見ていたのだ。決して、見たかった訳ではない。
それなのに千都香は、あのスカートをテーブルクロスの様に引き抜く技を、誰彼構わず台所で披露するつもりだったと言うのか。
叩いたのは千都香の頭だったのに、壮介まで、頭痛がして来た。
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