恋にはなれない、恋の話。（金継ぎ師弟の恋にはなれない恋の話・三）

偽り

「痛っっっ……ひどいっ！！先生っ！なんで突然叩くんですかっ！？」

　髪の毛をくしゃくしゃにされた上、頭をごつんと叩かれて、千都香は猛然と抗議した。

「着替えは、絶対納戸でやれ！戸は、閉めろ！！」

　壮介は千都香の言うことをまるで聞かず、自分の言いたい事だけを言い放った。

「着替えは納戸…………パソコンは？」

　頭を抑えたまま、千都香が尋ねる。

「今そんな話してねぇだろ！！！！」

　壮介は、更に激昂した。
　何故、今そんな事を聞くのか。今は、千都香が誰が居ようが気にせずほいほい着替えをする警戒心の無さを諌(いさ)めているのである。本人は、分かっているのだろうか。あまりの自覚の無さに、頭痛に加えて目眩もして来た。

「パソコンだって、漆対策です……大事な話です……」

　千都香は頭への衝撃で涙目になった目をことさら潤ませて、上目遣いで壮介を見た。

「っ五月蝿(るせ)ぇな！！着替えをちゃんと納戸ですんなら、後は知ったこっちゃねぇよ！！」

　言った。
　壮介が、うっかり千都香の思うツボに嵌まった。

「分かりました！着替えは納戸で、戸を閉めて！！……で、パソコンは、台所でしますね。」

　では早速セッティングを、と千都香はほくほくしながら台所に向かって行った。
　……壮介は。

「……クッソ！……だから女って奴ぁ……！！」

　クリームの残り香の漂う納戸に手拭いと共に残されて、深く溜め息を吐いたのだった。