偽り

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 実際は愚痴られたと言うか、毅が千都香をビヤホールから駅まで送る間に聞かされた、壮介についてのたわいもない雑談の一部だった。  ビールしか飲まないだの、食事を取らないだの、話を聞かないだの……そんな中での「さっさと嫁に行けとか、平気で言って来るんですよ!?」だったのだ。  「それって、セクハラですよねー?!立岩さんは言いませんよね、そんなこと!」と膨れた千都香は、可愛かった……そして、毅がそれ以上に、気になったのは。 「お前、千都香さんが嫁に行って、本当に良いのか?」 「なんでだよ」  話に付き合い続けるのが馬鹿らしくなった壮介は、コードを伸ばして台所まで行き、冷蔵庫からビールを取り出した。今時のコードレスならこんな苦労はしないのだろうが、壮介宅の固定電話は由緒正しく今や貴重な黒電話だ。 「結婚したら、アシスタントを辞めるかもしれないだろ?」 「あのなあ……」  肩で受話器を挟み、両手を使ってビールを空けて、一口飲んだ。馬鹿馬鹿しくて、飲まずにやっていられない。 「俺は、あいつをクビにしたいんだよ。……ってか、一度はクビにしたんだよ。なんで今更辞めて困んなきゃいけねぇんだ?」 「本当に?」 「ああ」  引き続き缶のまま、ビールを(あお)る。出来ればグラスかカップに移したい所だが、コードはそこまでは届かない。 「本当に、本当か?」 「しつこいな、お前」  壮介は、空になったビールの缶をねじり潰した。
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