偽り

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 電話は、千都香からだった。 「先生、今からお邪魔しても良いですか?見て貰いたい物があるんです」 「お前……岩と飯食いに行ったんじゃ無いのか?」 「そうなんですけど……そこで、」  説明を聞いた壮介は、「岩を連れて来い」と千都香に命じた。電話を切るともう一度部屋を片付けて掃除と換気をし、ソファを作業場の隅に移動した。念の為、シャワーを浴びて着替えも済ます。  千都香は今日は、仕事で来るのでは無い。いつもの服装の用意は持って居ないだろう。そんな時に、準備の無さを責めるのはフェアでは無い。漆に弱い普通の客として迎えるのと言うのは、別に妥協や甘やかしでは無いだろう。  しばらくして、毅と千都香が連れ立って家に来た。要領を得ない毅の話を聞きながらビールを飲ませ、千都香の撮った写真を見る。 「……やっぱり、偽物ですか?」  覗き込んだスマホの中では、毅の器が見事なまでに派手派手しい金色で継がれている。ぼってりと野暮ったい印象の継ぎ跡には表面の凹凸も多く、知る者にしてみれば、見られた物では無い出来だ。  これを今日行った料理屋の主人が、自分で継いだ物だと見せて来たのだと言う。毅の器を割れても大事にしていると、言いたかったのだろうが。 「これ見た限りでは、多分な。最近流行ってんだよ、『新うるし』とか紛らわしい名前付けやがって」 「漆じゃないんですよね?」 「ああ。速乾性だから待たなくて良い。一日で持ち帰れる金継ぎ教室の類で使ってるのは、これだ」  一日で、という言葉に、千都香の眉が寄せられる。金継ぎにかかる時間と闘った事のある千都香は、偽物の漆の「速さ」という利点を知って、どう思ったのだろう。 「……せめて、漆で継いでくれりゃあ……」  酔わせてソファに転がして置いた毅が、目の上を腕で覆ったまま呟いた。 「食べ物を……口に入る物を乗せる器だぞ……?」  毅は、涙は流して居ないものの、まるで泣いているかの様だった。 「俺達から言えば、そうだけどな。消費しかしない消費者には、関係ない事も有る」 「関係無いか?!そんな紛い物を使う位なら、接着剤で着けときゃ良いんだよ!!」 「ま、それは作り手側の勝手な言い分だな」  壮介は立ち上がって新しいビールを取りに行き、冷蔵庫を見て顔をしかめた。毅に無理に飲ませたので、あと二缶しか無い。 「お前はそれで良いのか?!」 「良いも悪いも……伝統産業は、衰退産業なんだよ」  毅の嘆きに、プルタブを開けながら答える。  それで良いのかと問われても、それは作り手が決める事では無い。かと言って、消費者個人が決める事でも無い。強いて言えば、時代が決めるのだ。  時代に吠えてもどうする事も出来ないなどと言う現実は、嫌と言うほど噛み締めて来た。 「漆器も金継ぎの器も、レンジに掛けて良いもんじゃねえ。だが使い手は不便だと言う。どっちを選ぶかは、使い手の自由だ……が、安けりゃ良い、便利なら良い、そう言っている内に善良な作り手は、少しずつ疲弊して行く。それはどの業界でも同じだ。途絶えた後にどうして辞めたと責めたり、惜しかったと嘆くのは勝手だが、言ってる側の責任だってゼロじゃねえ。失っててから嘆いたり責めたりするなら、何故もっと早く見る目を養わなかったのかって事だ」  壮介が存在を知る前にも、知った後にも、消えていった先達は幾らでも居る。  毅も、和史も、別れてしまった華也子(かやこ)でさえも、消え行く技や美に魅入られてそれに携わりたいと願い、残したいと思った末に自分の出来る事をやり続けている。そういう意味では、壮介の同類で有り、同志だ。 「……千都香。」  そして今目の前に居る、人の言うことを聞かない、この女も。
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