偽り

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「これ、掛けてやれ」  毛布を千都香に渡し、毅に掛ける様に促す。  壮介が掛けてやるよりも、毅は喜ぶだろう──記憶には残らないかもしれないが。 「お前、帰れ。特別にタクシー代出してやる……明日岩から貰うけどな」  毛布を掛け終えた千都香に向かって軽口を叩くと、睨む様に視線を合わせて来た。 「もう遅いから、泊めて下さい。」 「何言ってんだお前。俺ぁ女は泊めねぇぞ……特に、お前は」  特に、千都香は駄目だ。どんな理由が有っても、漆を扱う場所に長時間居させる事など出来ない。  また症状が出たら──前回よりも、さらに激しい症状が出たら。  壮介でさえそう思うのに、本人と来たら。 「泊まりますよ?弟子なんですから」 「俺は弟子は取らねぇよ」  まただ。千都香はいつも言うことを聞かない。  どうでも良い様な事ならば聞かなくても構わないのだが、何故自分の体を傷める様な事はやめろと言うのまで聞かないのだろう。 「……作業場はダメだ。お前みてぇな押し掛け女を泊めるとこなんざ納戸しか無ぇが……良いか?」  仕方なく、折れた。  壮介は毅の電話が着たら寝るつもりだったし、千都香だって疲れているだろう。無駄な口論で時間を潰したくない。最大限の譲歩だ。  千都香が着ている洋服は、普段ここに来る時とは違って、「高級なお店に行く為にお洒落しました」と一目で分かる服だった。出掛けたり愛でたりするのには良いが、そのまま眠るのは無理だろう。 「お前も、物好きだよな」  千都香が寝るときに着られる物を探しながら、半分独り言のようにぶつぶつ呟く。譲歩する代わりに、釘だけは刺して置こうと思ったのだ。    
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