瑪瑙の秋(めのうのあき)

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   * 「この角度なら、漆に触らずに持てると思うんですが……」  応接からテーブルに戻った清子は、手袋をして身支度を整え終えて、壮介から茶入れを受け取った。  先程塗った漆を落ち着かせた所で、いよいよ金粉を蒔いて行くのだ。地味な準備の末にやって来る、金継ぎの醍醐味とでも言うべき工程だ。 「マステの場所は、分かりますか?」 「大丈夫よ」 「じゃあ、茶入れはそのまま持ってて頂いて……蒔き筒をお渡しします」  小さな匙で金粉を蒔き筒に入れる事は、今の清子には難しい。壮介の手で適量の丸粉を入れられた筒が清子の右手に渡され、角度と長さを調整された。 「……茶入れとの距離は、この位です。ここからマステ沿いに振ってって下さい。不都合が有ったら、直しますんで」  左右の手の位置を誘導される。清子は一呼吸置いて落ち着いてから、筒を指で軽く叩き始めた。 「上手く振れてます、その調子で……ちょっと近くなりましたね……はい、その位です……うん、上手く乗りました。茶入れはそのままで、筒は置いちゃって下さい」  筒を置いた手に、金を寄せる為の筆を渡される。 「ここ、マステです。今、筆の先が触るか触らないか位になってるの分かりますか?」 「ええ」  言われた通り、マスキングテープが有る部分と無い部分の僅かな段差や、筆先で触れたざらつきの違いが感じられる。テープの黄色は、大雑把にだが目でも確認する事が出来た。 「この位の圧し加減で、マステの上を直角に掃いてって下さい。……うん、良い具合です」  息を詰めて、一定のリズムで筆を動かしていく。端まで掃き終えた、と思ったタイミングで、壮介から声が掛かった。 「よし。漆にしっかり乗りました。余分を集めますので、お預かりしますね」  両手から茶入れと筆が取り去られる。ほっとして溜め息を吐きかけたが、ぐっと堪えた。まだ壮介が、余分に施した金粉を集める作業をしてくれている。吹き飛ばしてしまっては、壮介の尽力が水の泡だ。   
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