器量

2/29
166人が本棚に入れています
本棚に追加
/313ページ
「はぁ~……」 「平取ちゃん、また溜め息~。」  バイトの遅番後の、更衣室。隣のロッカーから、からかい半分の声が聞こえる。 「あ……すみません……」 「上がってから十分も経ってないのに、もう三回目だよー。どうかしたの?」  木村は心千都香に配げな顔を向けながら、全く人目を気にせずにばさばさと制服を着替えている。それにつられて、千都香ものろのろとブラウスを脱ぎ始めた。  早く着替えないと取り残されて、施錠する店長に迷惑を掛けてしまう。 「えーと……ちょっと、困ってる事が有って……あ、ここの仕事でじゃ、ないですよ!」  このビヤホールは、スタッフも客もどこか陽気で、雰囲気が良い。失敗する事も有るが、溜め息の種になるほどの困り事が発生する事は無い。  四回目の溜め息を吐きながら、スカートを脱いで私服に穿()き替える。木村は既に着替え終わって、化粧直しに入った。かなり、差を付けられている。 「ファミレスにでも、寄って帰る?」  口ごもる千都香に、木村の逆側でロッカーの扉を閉めていた田仲が言った。 「わ!いいですね、オールですか?!」  目を輝かせる木村に、田仲は苦笑した。 「あなた、幾つだと思ってるの?学生じゃ無いのよ。終電までには帰ります」 「えー」 「当たり前でしょ。……さ、行きましょ、平取さん」 「えっ」  やっと木村に追い付きそうになっていた千都香は、田仲の言葉に面食らった。 「うんうん!悩み事は、口から出すに限る!」 「えっ、え」  木村まで、行く気満々の様だが。  千都香は明日休みだけれど、二人は違うのでは無かったか。  そう思ったものの押し切られ、気が付いた時には近くの二十四時間営業のファミリーレストランのテーブルに、二人と向かい合って座っていた。
/313ページ

最初のコメントを投稿しよう!