瑪瑙の秋(めのうのあき)

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「お待たせしました、終わりました。もう思いっ切りクシャミして頂いても、構いませんよ」 「ふふふ……ありがとう、先生」  緊張が解れたのとやり遂げた充実感とで、清子は声を上げて笑った。心なしか、壮介のふざけ半分の言葉も、ほっと力が抜けた様に柔らかく感じられる。 「完全に乾かしてから、この瑪瑙(めのう)ヘラで磨いて、艶を出します。特に問題は無いと思いますので、この状態のままでこちらに置いて行っても構いませんが……」  一見、小さなナイフか何かの様に見えるペン状の物を、壮介が取り出した。名前からすると、刃先に当たる部分が瑪瑙(めのう)で出来ているのだろう。 「もし良かったら、また先生の所で預かって頂けないかしら?乾いたタイミングを見極めるのも、難しいと思うの」  そう頼んだのは、単に作業上の問題以外の意図も有った。清子の家に置いておかれるよりは壮介の元に預かって貰う方が、千都香との接点が増えるかもしれないと思ったのだ。  千都香と会いたいというだけで有れば、家に呼べば叶う。しかし、それでは壮介の「千都香を辞めさせたい」という意向に反論する助けにはならない。 「構いませんよ。では、お預かりしておきましょう。また来週、新聞を頂きがてらにでもお持ちします。その後の艶出しは講習をする程では有りませんので、ご自身でなさって下さい」 「自分で……」  道具を片付けて仕舞いながら壮介が告げた言葉に、戸惑った。  預かっては貰えるが、乾いたら家に戻って来ると言うことだ。それでは、家に置いておくのと変わらない。 「……こちらに置いておくにしても、お預かりするにしても、」  清子が考え込んで居ると、壮介がぼそりと口を開いた。 「どちらにせよ乾いてしまえば、漆は人に悪さをしません。漆器を考えてみれば、お分かりでしょうが……」  壮介が言った様に、言われた内容自体は分かりきった事だ。今更改めて言われるまでも無い。  しかし、それをわざわざ今言ったという事が、清子には気になった。 「……それは……例えば、仕上がった茶入れの艶出しをする時に、もし漆アレルギーの人が手伝ってくれたとしても、差し支えは無いと言う事かしら?」 「……別に。お好きな様に解釈なさって頂いて、構いませんよ」  そう、言い残して。  「では、また来週」と片付いた道具一式を持って、壮介は一人去って行った。    
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