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「お帰りになりましたね」
「ええ」
玄関まで見送った麻と共に、清子は居間に戻った。
「……紅茶でも、お召し上がりになりますか?」
壮介が片付けて帰った後をもう一度水拭きして整えながら、麻が言う。
「お願いするわ。麻さんも、お相伴してちょうだいな」
「分かりました」
麻は、壮介にはコーヒーを出すが、千都香には特別いつも紅茶を出していた。今日は、どちらの用意もしていたのだが。
しばらくの後、お待たせ致しました、と紅茶と焼き菓子が運ばれた。千都香が気に入っていた、近所の知る人ぞ知る菓子店の物だ。
二人とも、無言でカップを口に運んだ。窓の外を見ると、急に暗くなっている。麻は手元のリモコンで灯りを点けた。
「……ままならないものね」
「そうですね……」
何が、と言うこともなく呟かれた清子の言葉に、聞き返す事なく麻は同意した。
「……あいすみません。紅茶の湯気が、染みました」
案外涙もろい麻は、そう呟いてエプロンの端でそっと目頭を抑えた。
外は、雨が降り始めた様だ。
──夏から、秋へ。
漆が最も活性を持ち、最も人に害を成す季節が、ゆっくりと終わろうとしていた。
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