瑪瑙の秋(めのうのあき)

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   * 「お帰りになりましたね」 「ええ」  玄関まで見送った麻と共に、清子は居間に戻った。 「……紅茶でも、お召し上がりになりますか?」  壮介が片付けて帰った後をもう一度水拭きして整えながら、麻が言う。 「お願いするわ。麻さんも、お相伴してちょうだいな」 「分かりました」   麻は、壮介にはコーヒーを出すが、千都香には特別いつも紅茶を出していた。今日は、どちらの用意もしていたのだが。  しばらくの後、お待たせ致しました、と紅茶と焼き菓子が運ばれた。千都香が気に入っていた、近所の知る人ぞ知る菓子店の物だ。  二人とも、無言でカップを口に運んだ。窓の外を見ると、急に暗くなっている。麻は手元のリモコンで灯りを点けた。 「……ままならないものね」 「そうですね……」  何が、と言うこともなく呟かれた清子の言葉に、聞き返す事なく麻は同意した。 「……あいすみません。紅茶の湯気が、染みました」  案外涙もろい麻は、そう呟いてエプロンの端でそっと目頭を抑えた。  外は、雨が降り始めた様だ。  ──夏から、秋へ。  漆が最も活性を持ち、最も人に害を成す季節が、ゆっくりと終わろうとしていた。    
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