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「こんにちは、お邪魔します」
清子の家の玄関は、施錠がされていなかった。
外のインターホンで、既に誰何を終えている。その上で門を開けて迎えた客に対しては、玄関は閉ざさない主義らしい。
たたきの端に、ワイン色の小振りなローファーが、控え目に揃えて置いて有る。それに目を留めた壮介は、我知らずきつく眉根を寄せた。
「お待ちしておりました。お上がり下さい」
奥から麻が迎えに出て来た。今日は、清子の姿は見えない。
「……結構です。ここでこれをお渡しすれば、俺の用事は終わりですから」
「いいえ。」
乾燥を終えた茶入れの包みを差し出すと、頭を振られた。
「奥様が、居間でお待ちしています、と……新聞も、取りにいらして下さったんですよね?そちらも居間に御座います」
壮介は、上がり框の高さの分だけ差が減って同じ位の目線になっている麻の顔を、じっと見た。
麻は、微塵も動じなかった。
「どうぞ、お上がり下さい。……居間にいらして下さいね」
麻はぴしゃりと言い置いて、茶入れを受け取らずに先に立って奥に入って行く。
壮介は溜め息を吐くと、雪駄を脱いで框に上がった。
麻を追う様に廊下を進み、居間に差し掛かる。
「……こんにちは。失礼致します、牧です。」
会釈をして、戸を開けると。
ふわり、と、香の薫りが漂った。
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