序章

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序章

 ふわふわなびく桜の花が、視覚的にも嗅覚的にも聴覚的にも心地いい。  それで諸々の感覚が機能してるのか、と人からよく呆れたように言われるもすっかり付け慣れてしまった、厚すぎて良く見えない眼鏡とマスクを指であげる。  こんな場面じゃなければな。  いい陽気なんだけどなあ。 「おいっ!!放せよ!!!気持ち悪いんだよ!!!」  やれやれと肩を竦める。  我ながら走っている最中だというのに器用だ。 「あっ、おい……やっべ」 「なん―――」 「こほんっ」  多勢で襲い掛かろうとしていた方の1人の真後ろで、僕はわざとらしく咳払いした。  同時に、振り向きかけた人物の動きがぴしりと止まる。 「ちょっとご同行お願いします、丸田先輩、小林先輩、新山先輩。理由はもちろんお分かりですよね」  忌々しそうに舌打ちした彼らは、僕を見つめてそれはもう不機嫌な顔を浮かべる。 「クソ犬風情が、失せろ。委員長がいなきゃ何もできねえくせに」  にこにこと愛想よくしていれば、まともにとりあう意思はないことが分かったよう。  結局、大人しく3人は僕についてきた。例え僕に対して強気に出られようとも、僕が威を借りている権力には従順なのだ。  ちらりと背後を見遣る。  特になにか色々されてた訳じゃなかったし、あっちは大丈夫でしょう。後で話くらいは聞いておく必要があるけれど、今は先輩方が優先だ。  それでも少し話さねばと、口を開きかけた直後。 「おい!!!」  頭痛持ちや徹夜明けの人間にとっては、はったおしたくなりそうなその人物は、僕に向けて不敵に声を掛けた。  幸い今日の僕は健康体だ。 「どうされました?」  緩く笑ってみるが相手は微妙な表情。  あ、そっか。最近あんまり慣れてきたものだから忘れてました。  こんな格好じゃどんな表情浮かべてもただの不審者でしかない。 「ありがとな!おまえのおかげで助かった!!!おれ、ここきたばっかで慣れてなくってさ」  気を取り直して礼を言ってくる姿は素直そのもの。  思わずほんわかしながら僕は頷いた。 「いえいえ。君、有名人になりつつありますから気を付けて下さいね。…あと、今後何かあった時には風紀へすぐ連絡できるよう、携帯に番号登録しといたほうがいいかもしれませんね」  僕がのんびり言えば、彼が全身から驚いた雰囲気を出す。 「おまえ……いいヤツだな!!おれ、神園(かみぞの)暁斗(あきと)!なまえ聞いてもいいか?!!」  似非アフロか、と突っ込みたくなるような適当なカツラに、恐ろしい程ド定番な瓶底メガネ。  なんという不審者ルック。  なんたる非常識。  いかがなものかこの変人。 「ええ」  だが、僕も人の事なんていえない。  ほとんど機能しない視界で相手の姿を眺めながら、溢れそうになる苦笑いを堪え切れなかった。  結果、随分と友好的な挨拶をすることになった。 「小野寺(おのでら)雪弥(ゆきや)です。成瑛学園へようこそ!」
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