第一章

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◇ ◇ ◇ 「ちーっす、はよー小野寺っち」 「キャァァァァアアアア!!!」  ただただうるさい。  これは頭に深刻なダメージが。  半規管への攻撃を受けている気分になりながらも、慌てて教室のドアへと向かえば、ばちこーんと様になったウィンクが飛んできた。  流れ弾を受けたらしいチワワ’sが鼻血を噴き出している。  朝からなんてバイオレンスな。 「おはようございます、高屋敷先輩。あの、ここじゃまずいのでちょっと移動しましょう」 「はいはーい」  分かってるんでしょうかこの人。  高屋敷(たかやしき)和人(かずと)、風紀委員で3年生の先輩にあたる。  軽薄そうなイメージを裏切り、仕事ぶりは正確で丁寧。  ちなみに、僕と巡廻当番が同じの柿内真翔先輩と親友です。  性格めちゃくちゃ噛み合わなそうなのに、と最初は驚いた。  ようやく人通りの少ない渡り廊下まで来たところで、くるりと振り返る。 「困ります、先輩。先に連絡して下さっていれば、僕が伺いましたのに」 「アッハハー、分かってないな小野寺っち」  そう言って、ちっちっちと人差し指を振った。  とりあえずイケメンは滅びればいいと思います。 「2Sたのしいだろ。みんなきゃっきゃしてくれるしな」  これだからこの人は。  呆れと脱力で溜息を吐いた。  僕が相手だからいいものの(さすがにもさ男過ぎて報復とかされない)、押しかけられる側の都合を考えて欲しい。 「んでー俺が早起きして学校来たわけなんだけど」  僕は習慣でチャイムがなる30分前くらいには来ている。が、たしか高屋敷先輩はいつもぎりぎり組だ。 「昨日、結局お前委員会来なかっただろ」 「ええ」  生徒会室を出た後、脱兎のごとく風紀委員室まで戻ろうとしていた僕は、途中で通報が入ってそちらへ向かわざるを得なくなった。  緊急通報は委員全員に通知が届き、現場に近い場所にいた風紀委員が対応するもの。比較的平和な痴話喧嘩だったので、うんうんと仲直りまで話を聞いて解決し、結局大事にはしなかった。 「幹部会議でちょっと決まったんだけど、神園クン関連の制裁があんまり多いもんだから、一回幹部が直接本人に会ってみようって話になっちった」 「え。本気ですか」  それどう考えても逆効果でしょう。  風紀幹部に、神園と接触して周りが反応しないような人物はいない。  胡乱げに高屋敷先輩を見遣る。  僕ごときが考え付く事を、在原委員長以下風紀の幹部皆様方が思い至らなかったはずはないし、ちょっとにわかには信じがたい。 「っしょ?俺らが行ったら、完璧逆効果だろ?」  然りと僕は頷いた。 「つーわけで、小野寺っちに代表してもらう事になりましたー」  パチパチパチと似非拍手をして喜んでいる彼を見て、唖然とする。  そうです、いました。  関わっても、誰からも僻まれたり嫉妬されたりしない人材。 「で、せっかくだから風紀として接触すんじゃなくて、フツーにどんな奴か見極めてきて欲しいの。だから、この件周りには秘密な?」 「あ、はい」 ……。  ん?ちょっと待って。  それって、僕に王道転入生こと神園暁斗君と友達になれってこと?  割と平穏を好むこの僕に。 「………がんばり、ます」 「おう、よろしくー。んじゃ、メッセンジャーは果たしたから。バイ」  ぺこりと頭を下げる。これは…僕がいない間に上手いこと話を進められたな。委員長に嵌められたという感想は、たぶん僕の考えすぎじゃないと思う。  はあー。  仕方ない。仕事だし、副委員長だし、後輩だし、もさ男だし。  そう、それに考えてみれば騒動の根源というだけで、彼本体は素直そうな人だったじゃないですか。  嫌いな相手に近づけって言われたならともかく、ただ若干苦手意識があるだけなんだから……。  あれ?そもそも僕って嫌いな相手いないような。  現状一番苦手っていったら、生徒会長どのと神園君が良い勝負してる気がするような。 …まあ、いいか。  考えたら負けな事だってあるからね。 「あ、1時間目テストでした」  そういえば。考えたら負けという連想で、なぜか唐突にそれを思い出してしまった。  しかも数学。  数学の先生はもはやオタクさんなので、時々ある単元の小テストが‟小”っていう内容じゃない。  入試問題でもやった覚えありませんが?みたいな死ぬ程難しい問題が、最後の砦で用意されてたりもする。  勉強だけが取り柄で、一応その一点のみ周囲から認められている僕としたら、たとえ小テストでも高得点を狙いたいところ。  昨日に続いて、今日も厄日かもしれない。  廊下側の前から2つ目にある自分の席で、僕はこっそり溜息をついた。 「それじゃあ、テスト返すぞ」  数学科の瀬谷先生(イケメン)が、チャイムと同時に入って来るなりテンションの起伏が皆無な声で言った。  表情も無。  この学園の中でも人気かつ、奇人で通る先生です。  うっかり小テストの存在を頭から抹消してしまい、今回はほぼテスト勉強をしていない。  授業もろもろちゃんと聞いていたから、それなりに出来た自信はあるけど……ちょっと悔しいなあ。 「小野寺」  出席番号的に、僕はわりと早い方で呼ばれる。 「惜しい。今回は2位だ」  点数を見ると86点。  なにせ問題が難しいので、普段ならこれでも1位で有り得るくらい。まあ、今回は誰か他の人が頑張ったんだろう。  席について答案を確認すると、最後まで解き切れていないところで一か所、凡ミスで一か所。  あとは……あちゃー、やっぱり最後の難問、アプローチ間違えてたか。  答案でペケされている箇所をヒントに、うんうん暫く考える。  あ、そうか。  ここどうにかして誘導すれば相加相乗で楽に―――。 「おめでとう呉羽。トップだ」  その声とざわつく教室によって、僕はふと顔をあげた。  僕が1位でない事については、これまでも何度かあったのでそこまで驚かれる話じゃない。  けれど彼がトップなのは少し意外だった。  僕でなければ、大抵愛すべき数学者たちの誰かが1位を取っていたものだ。 ―――呉羽(くれは)凜太朗(りんたろう)。  ぼうっとしていて、常に無表情がデフォルトな人物。  顔は整っているけれど、ファンクラブが出来る程でもない。誰かのファンでもなければ、彼自身にファンがいる訳でもなく、委員会などの組織へ所属しているのでもない。  ちょっと珍しいな、と思っていた。  そしてこれまでの印象と言えばそれくらいだ。  呉羽はその順位を誇るでも喜ぶでもなく、ただ淡々と受け取って淡々と席へと戻っていった。  瀬谷先生の無反応もあいまって中々にシュールな光景だね。  注目されているのを気にも留めず、答案のミスをチェックし始める。  なんというか……マイペースな人だな。  この日から、ちょっとだけクラス内で呉羽凜太朗という人物の株があがった。 ______________ ▽成瑛小噺▽  生徒会執行部  風紀委員会  評議委員会  総務委員会  広報委員会  放送委員会  保健委員会  美化委員会  体育委員会  図書委員会  成瑛学園生徒会は以上で構成されており、それぞれに委員長、副委員長がおかれている。  下部組織の一つにすぎない風紀委員会だが、規模が大きく需要の高い成瑛学園では、生徒会執行部に並ぶ発言力を持つとも言われる。
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