殺人容疑

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 事の発端は一通の手紙だった。今では古典的な、〝下駄箱の中に恋文〟というやつだ。その手紙には差出人の名前が書いておらず、文章だけ綴られていた。 「〝放課後、旧校舎裏の納屋で待ってます〟……か」  苦節十六年、初めて貰った同姓からのラブレターは倫花の表情筋を自然と強張らせる。おそらく自分は今、顔面を真っ赤に染めている事だろう。  だが私が好きなのは差出人ではなく幼馴染だ。複雑な心境のまま茜色に染まった廊下を早歩き旧校舎へ向かった。  コンクリートで塗装された耐震性の新校舎とは違い、木造建築の旧校舎は当然衝撃には弱く、いたるところに亀裂が目立っている。いつ崩落しても不思議ではないと危惧した学校は立ち入る事を禁止したが、裏を返せば侵入さえしなければ近づいてもいいという事だった。  校舎とろくに手入れされていない木々に遮られた場所は素行不良の生徒がよく溜まり場として利用している。生徒指導の教師が頻繁に見回っているのを何度か見かけたことがあった。 「……ちょっと待って」  旧校舎の前までやってきて、倫花の頭に疑念が過る。  可愛らしい丸文字で綴られた手紙。書体からして普通は女子の差し出したものだと考えるだろう。  しかし人目の付かない場所は他にもあるというのに、何故わざわざここを指定したのだろうか。果たして、自ら危険地帯へ踏み込む女子がこの学校にいるのかすらも訝しい。 「この手紙を出したのって、まさか……」  その瞬間、倫花の後頭部を激しい痛みが襲った。頭痛とは違う、まるで鈍器か何かで殴られたかのような衝撃。そこから意識を失うまで十秒とかからなかった。
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