2杯目 酒を飲みたいなら騎士になればいいんじゃない?

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2杯目 酒を飲みたいなら騎士になればいいんじゃない?

 騎士じゃないと酒飲めない事件から数年、3歳になった私は家の中を歩き回り、いろんなものを見て、触っていくつか知ることが出来た。  まず、今私がいるのはイギリスでもイタリアでもフランスでもなく、ましてや日本でも地球でもない。私が幼心衝撃を受けた通り、ここはまさしく異世界と呼べる場所だった。  世界地図――家の壁に額縁入れて飾ってあった。――を見たところによると、この世界には5つの大陸があり、私はその中でも一番大きな大陸にあるウェセターという国の民らしい。  次に私が住んでいる街だが、ウェセター国の都心にあたる、ウェズリンという城下町だそうだ。この国には階級があり、私の生まれたこのエイヴィヤード家は地位こそはないが代々国家騎士団――騎士団にも種類があり、国家騎士団は騎士団の中で最上位に位置するそうだ。――に所属している騎士一族で、国からも信頼が熱いらしい。そのため、それなりにお金を持った良家のようだ。  これで私の今の父親、リンドールパパが屈強な肉体を持っていることにも納得した。私のパパはボディビルダーではなく、騎士団員なのだ。その中でもかなり強い部類に入るのよ、とエリスママが自慢げに語ってくれた。  そしてもう一つ、心配していた私の容姿だが前世をはるかに凌ぐ美人な顔立ちだった。いや、まあ自分で言うのもあれですが。  しゅっと細い顎と薄い桃色の唇、サラサラの金色の髪はエリスママから、高い鼻と長いまつげ、緑色の宝石みたいな目はリンドールパパから受け継いでいるようだ。少し残念なのが、目が一重で少し細いことくらいか。だが、まあ悪くない。  そして家族構成。私の家族は私の認識した通り。6つ離れている一番上の兄、リーグは騎士学校に通っているため、ほとんど毎日出かけては夜にかかるあたりに帰ってくる。  エリスママもお昼はよくどこかへ出かけては夕方まで帰ってこないことが多い。どこに行っているんだろう、女子会かな……。  そのため、日中は二人のメイドと2歳上で2番目の兄、リンドリーグと過ごすことが多い。  私が少し成長しても、リドリーは一切優しくならなかった。冷たい目で私を見ては遊んでいるおもちゃを奪い取ったり、おやつを横取りしたり。私は中身はいい大人のつもりなのでそんなことをするリドリーのことをいつも軽く受け流している。  だが、リドリーにとっては私のその態度も気に入らないらしい。終いには私のお気に入りの髪をいきなり引っ張ったりするのだ。しかも割と容赦なく。痛いのなんのって。少しは加減というものを知った方がいい。  その度に私が大きな声を上げて泣き喚くため、私たちのお守りをしてくれるメイド、オリアドルがすっ飛んでくる。  もしリドリーが騎士を目指すなら、まずは女の扱いから学ぶべきだ、と私は心の底から思う。  そうして過ごす毎日での最近の趣味は本を読むこと。  本はまだ難しいこともたくさん書いてあるが、この世界に伝わる物語を読むのもなかなか楽しい。寝る前にはエリスママが絵本を読んでくれたりもする。自分が子供のころを思い出すなーって思いつつ、今も子供だった。  絵本はこの国の神話を元にしたものが多くある。私は元純日本人の若者だから宗教なんててんで興味もなかったし、なんなら宗教より仕事、仕事をすれば救われるなり!というある意味、社長が神、怒らすべからずというとこがあるのでエリスママが毎日家にある小さな祭壇に祈りを捧げているのも不思議で仕方ない。  だが、郷に入っては郷に従えというし、私も一応は真似をして信仰しているふりはしている。正直、この世界で一番信じられるのはお酒だと思うけどなー、なんて口が裂けても言えない。  ちなみにもう一つの趣味は外を見ること。家の前には庭があり、庭を囲う塀の向こうにはいろんな人が歩いているのだ。みんな髪色が日本と違う。金色やら銀色やら、中には水色や赤色も見つけた。門の僅かな隙間から見えるだけなので顔まではわからないが、外の様子を見るのはワクワクした。  それに外を見ていると情報はたくさん入ってくる。まず、文明的に言うとこの世界はかなり落ちている。道は土やレンガで整えられているのでもちろんコンクリートやアスファルトなんてものは見えない。  そしておそらく電気というものは存在しないのではないだろうか。少なくとも3年生きてきて私は目にしたことがない。家に備え付けられているのも暖炉、それもきちんと薪をくべて火を焚く暖炉だ。  3年もこの世界に生きているとぼんやり気温が移り変わっていくのは理解していた。それをこの世界で四季と呼び、春夏秋冬に分かれていて、春はうららかで、冬は寒い季節であることはオリアドルから教えてもらった。そこは地球と何も変わらない。冬の暖炉の前でエリスママに絵本を読んでもらう時間は日本では味わえない不思議で暖かな時間だから私はとても好きだ。  各季節といえば、その季節を迎え入れる祭りというものが開催されている。残念ながら、私はその祭りに参加したことはないけれど。というのもエリスママは私を外へは出してくれない。庭でさえダメだときつく言うのだ。  リドリーやリーグお兄ちゃんはいいのに、私だけダメなのはずるいなーと思いながらそこは仕方なく母親の言うことをきく。私、いい大人だからね。  その代わり、祭りの時とリールパパが家に帰ってくる時はいつもより豪勢な食事が出てくるのももう理解していた。  ちなみに出てくるご飯は、前世で流行りのイ〇スタ映え、フォトジェニックなカフェご飯というよりは、サラダにパン、チーズ、肉、魚というような質素で、味付けもシンプルなものが多い。キッチンは危ないと過保護なエリスママから立ち入り禁止令が出ているため入ったことはないが、少し気になるところ。まあ、私昔から料理できないけどね。  あ、エリスママだ。心なしか機嫌がよさそうな顔で、紙袋を抱えている。  いつもと同じ時間に門を開けて帰ってくる姿を見つけると、私は窓から飛び退いてドアへと向かった。 「おかえりなさいませ、奥様」 「おかえりなさい、おかあさま」 「ただいま、オリアドル、リリス。あらリリス、だめよ。きちんと挨拶をなさい」  さすが国家に使える騎士一族に生まれただけあって、最近エリスママは礼儀にうるさい。私は言われたとおり以前教えられた挨拶をする。右手のひらを胸に当て、左手でスカートを摘み上げてそのまま膝を曲げて屈伸運動のように少し下がる。これがウェセター国の挨拶らしい。 「美しいわ、よく出来ました。リドリーはどこかしら」 「リドリー坊っちゃまならお庭ですわ」 「そう、剣の訓練かしら……アデラベルは?」  アデラベルはこの家のもう一人のメイドで、オリアドルより年上だ。家のご飯はだいたいアデラベルが作っている。 「メイド長ならお台所です、奥様。今夜のお食事を」 「今日、リールが帰ってくるらしいの。だから、ほら。カルトン豚の塩漬けを買ってきたわ」 「おとうさま、かえってくるの?」  エリスママが少しうきうきしていたのはそのせいだったのか。リールパパが大好きなカルトン豚の塩漬けは、さっと炙ってパンに乗せ、その上からさらに溶かしたチーズをのせて食べるのが一番おいしい。私も大好きだが、いつもは家にいないリールパパが家に帰ってくる日に食べる特別なごちそうでめったに食べられないのだ。 「今日のお夕食はごちそうよ、リリス。リリスも食べれるように、リリスの分は小さめにカットしておくように、アデラベルに言っておくわ」  優しい手つきで髪を撫でてから、エリスママはうきうきした足取りのままキッチンへと歩いて行った。  その日、久々に家族全員での食事だった。あたたかみのある木のテーブルを囲んで、並べられたアデラベルの料理に舌つづみを打つ。私はまだ食べられるものも限られているのでエリスママが皿に取り分けてくれた分だけを食べる。  久々に帰ってきたリールパパは、ますます筋肉が増えたように思える。クーコという実を絞った汁を溶かした水、クーコ水――苦味のなかにほんの少しそれを中和する甘みが入った水で、この国ではごちそうの時に大人が飲んでいる。子どもの私たちは普通のお水だ――を飲み干しながら、カルトン豚をおいしそうにほおばっていた。 「最近どうだ、リーグ。騎士学校の成績は非常にいいと聞いているが」 「はい、父様。この国の歴史と、神々のお話を今は詳しく習っているところです」 「そうか。リドリーは今日剣の稽古をしていたそうだな」 「はい、来年からは騎士学校に入学しますから、少しでも……と思いまして」  どや顔で語っているが、私はリドリーがいつもは稽古などほとんどしていないことを知っている。だが、それを言うなよ、という視線が一瞬で飛んできて、私は知らぬ顔で水を飲みほした。 「リリスはもうすぐ留魂儀をしなければならないな」 「るこんぎ?」 「4歳になるとみんなするのよ。その留魂儀をしないと、魔物に魂を連れていかれるからお外に出てはいけないの」 「じゃあ、それがおわったらリリスもそとにいけるの?」 「そうだな」 「僕の騎士学校にいる女の子たちも、この間弟の留魂儀に出席したと言っていました」  へぇ、留魂儀か……どんなのだろう、と考えていた私の耳に入った言葉に、思わずリーグお兄ちゃんの顔を凝視した。 「ど、どうしたのリリス。僕の顔に何かついてる?」 「きしがっこうにはおんなのこもいけるの?」 「ああ、まあ。でも、」 「じゃあ、リリスもきしになれるのね!」 「え、リリス? あのね、」  騎士になれる。つまり、それはお酒が飲めるということだ。騎士になればお酒が飲める。騎士、というからには男しかなれないのかと思っていたが、そうか、女も騎士になれるのか。お酒が飲めるのか。  今や、ほかの人の言葉など耳に入ってはいなかった。  お酒を飲みたいなら、騎士になればいいのだ!これで私の人生にまた希望が生まれた。  私は目を輝かせては勢いよく手を挙げた。今や私を止める人はいない。 「リリス、きしになるわ! いまきめた、ぜったいきしになる!」  そして私はまたお酒を浴びるように飲む人生にしてみせる!
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