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「僕の前からあの子がいなくなってしまったんだ……」
沈痛な面持ちで、俺に悩みを吐露したのは親友の渡井だ。
「あの子って、この間知り合ったとかいう可愛い女の子のことかい?」
「ああ、安東んちの近くで知り合った例の彼女だ」
俺の名は安東。渡井とはアキバのアニメショップで偶然知り合い、趣味が同じということで意気投合し、その後も友人関係が続いている。今では一番の親友だ。
今日は渡井が俺の家に遊びに来て、俺の部屋でこうして俺に愚痴をたれているのだ。
「お前んちに遊びに行く途中の角で、彼女とぶつかったんだ。俺は慌てて、彼女を助け起こしたんだが、その時に一目惚れさ。アニメの世界から出てきたようなまばゆいばかりのドレスを身にまとい、とびっきりの笑顔を見せる彼女に、俺は一瞬にして心を奪われた。可愛い~!ってな」
「その話、もう何度も聞いたよ」
「俺はすぐに連絡先を交換して、実際に三回ほどデートしたんだ。彼女は物静かで控えめな性格で口数が少なかった。だから、俺が一方的に喋りまくって、なんとか彼女を楽しませようと努力したんだ。彼女も笑っていて喜んでくれたように感じた」
「それも聞き飽きた」
「だが、四度目のデートをしようと連絡したら返事が来ない。いつのまにか連絡先が使われてない状態になっていたんだ」
渡井は興奮して俺にまくしたてるが、それはそのあれだ。単に「振られた」ってことだろ。俺は冷めた顔で答えてやった。
「まあ、嫌われたんだろうな……」
「そんな馬鹿な! あんなに喜んでくれてたのに」
「そう言われてもなあ。家とか知らないの?」
「知らん。家までは行ったことないんだ」
別れること前提で教えなかったんだろうな……
「お前んちの近くで知り合ったから、この辺りに住んでるのかも知れないけどな。安東、心当たりない?」
「知らないな……」
その時、ガタガタと音がして、続いて大きな揺れが襲ってきた。
「地震だ!」
俺と渡井は慌てて、座布団を頭に乗せ、身をかがめた。
「大きいぞ!」
揺れはかなり激しかったが、短時間でおさまった。
「びっくりした~」
俺がほっとして、辺りを見回すと、部屋の中のものが散乱していた。テレビは倒れ、タンスの引き出しは開け放たれ、書棚の本も落ちてばらけている。
「すごかったなあ」
渡井がまだ興奮覚めならぬという様子で、目をぱちくりさせていたが、視線の先に何かをとらえたのか、急にタンスに駆け寄っていった。
「おい、これは何だよ……」
渡井が指差したのはドレスだった。開けっ放しになった引き出しの奥から手前に移動して目につくようになっていた。
「これ、あの子が着ていたのと同じドレスだぞ……」
俺は観念した。まさかこんな形でバレてしまうとは。
「白状するしかないな。渡井、実はお前の考えてる通り、彼女は俺だ。俺が女装した姿なんだ」
「安東、まさかお前にこんな趣味があるなんて……」
「女装が趣味なんて軽蔑するだろ。お前に嫌われたくないから、黙ってたんだけどな。成り行きで数回デートしたが、このままじゃいつかバレちまうと思って、お前の前から姿を消したんだ」
俺の告白を渡井は黙って聞いている。
「普段は部屋の中でしか女装しないんだが、あの日は魔がさしたのか、人通りも少ない家の近くの路地なら大丈夫だろうと、初めて外に出てみたんだ。そしてお前と出会ってしまった。普段のスマホは電池切れで充電中だったんで、予備として持ってた格安スマホを持ち歩いてたんだが、まさかそれで連絡先交換することになるとは」
すべてバレてしまった俺は、逆にさばさばした気分だった。
「なあ、俺のこと、嫌いになっただろ?
でもな、俺にとっちゃ女装も大切な趣味なんだ。せっかく仲良くなれた友達が出来たのに別れるのは残念だけどしょうがない。渡井が嫌だって言うんなら、もう友達じゃなくなってもいいよ」
ごめんな、渡井。今まで友達でいてくれてありがとう! 俺は心の中でつぶやいた。
渡井がどんな顔をしているのか確認してみると、突然、渡井がけたけたと笑い出した。
「軽蔑するって? 誰がそんなことするかよ! 」
渡井は笑うのをやめて、真面目な顔で言った。
「安東、お前の気持ち分かるぜ! それに俺は普段のお前も好きだけど、やっぱ女装したお前も好きだ。だってものすごく可愛いんだぜ。俺はとにかく可愛いものが好きなんだよ!」
俺は少し複雑な気持ちになった。それは喜んでいいのだろうか。
「でも俺の気持ちまでは分からんだろ。実際、女装するのはとても気持ちいいんだぜ。そうだ、お前も……」
「待て。女装はいい。遠慮しとく」
「そんなこと言わずに、なあ」
俺は無理やりドレスを着せようとする。
「おいおい、よせやい」
渡井は笑って逃げ回る。
やっぱり渡井といると楽しいや。
これからもずっと友達でいたい。
「女装なんてしなくても気持ちは分かるって言っただろ……。俺の趣味は……男装なんだ」
「へっ?」
最初、渡井の言っている意味が分からなかった。えっ、もしかして……
「渡井、お前はまさか……女?」
「へへへ」
「マジか!」
「今まで黙っててごめんな。まあ、一度も性別訊かれなかったから特に教えなかったんだけど」
俺はただ呆然とするばかりだった。
「男装してるってバレたら嫌われるかなと思ってさ……」
俺はなんだか可笑しさがこみ上げてきた。
「そんなこと思うかよ」
なんだ、似た者同士じゃないか。俺たち最高に気の合う仲間かも。
いや、この場合は男と女だからカップルか。
それとも性別関係なしに息があった相手だからコンビ?
もう何でもいいや。
一つ確実に言えるのは、渡井が大切な友達だってこと。
「渡井、これからもよろしくな」
「それはこっちのセリフだよ。可愛い安東君」
「なんだよ~、それ」
俺たちは顔を見合わせ、声を立てて大笑いした。
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