Why was she crying? -1-

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Why was she crying? -1-

「姉さま、どう? ぼく、かっこいい?」  幼さの残る弟の声に、自分のヘアアクセサリーを整えていたシャリーンは鏡の中の自分の顔からようやく視線を外した。    買ってもらった、というよりは今日のためにあつらえた一式の中の一つであるこのヘアアクセサリーはかねてよりシャリーンが母親にねだっていたものだった。  栗色で、緩くウェーブのかかった髪を引き立てるようなみずみずしい緑色の花飾りには上品にレースとパールがあしらわれ、今日袖を通した淡い緑色のドレスによく合っていた。  今日のコーディネートはシャリーンとしては満足するものだ。栗色の髪と色素の薄い茶色の目、色白の肌に差された頬と唇の紅が青色に近いこの薄緑のドレスとよく合う。  鏡越しに自分の後ろに立つ声の主を見たあと、最後に髪飾りのレースの位置を整えて、シャリーンは振り向いた。    後ろで少しそわそわしながら自分の顔色を窺っている弟の姿に、思わず笑みがこぼれる。6つ下であり、まだ5歳であるこの弟が、シャリーンはかわいくて仕方なかった。  シャリーンと同じ栗色で少しクセのある髪、そしていつも自分を真っ直ぐ見つめる茶色の目、薄い唇が「姉さま」と呼びながら、何処へ行くにもシャリーンの後ろをついて回る。その小さな手でしっかりと彼女の指を掴んでいる姿を見ていると、姉という気持ちよりは乳母のような気持ちになるのだ。  家族や親類間でも有名になっているくらい、シャリーンは弟を大切に想っており、まだ幼いこの子を大きくなるまで守り続けなければならないという妙な使命感をひそかに抱いているのだ。    シャリーンは弟の前にしゃがむと白くて細い指でその髪を軽くなでて整える。 「ええ、とても。素敵だわ、ロランド。でもここをもうすこし……整えて、ほら完璧」  そんな弟が今日は初めてお茶会へと参加する。  母の姉であるグレイスは類を見ないほどのお茶会好きであり、もちろんといっていいのかは定かではないがその妹であるシャリーンたちの母親、グロリアもお茶会好きなのである。    もちろん、シャリーンも幼い頃よりその場に連れ回されていたが、彼女自身はお茶会が好きでもなく、どちらかというと嫌いな部類。飛び交う会話が、ただの表面的な世辞の言い合いであるというのは、子供であっても察するもので、シャリーンはどうもそういう空気が肌に合わないようだった。  だからといって楽しみにしている母親に反抗するほどのものでも無く、毎度買ってもらえるドレスとアクセサリーに楽しみを見出している。    正直なところ、そんな場所に弟を連れて行くのは反対ではあった。グレイスをはじめとする夫人たちが、将来の婿候補を見定める目で舐めるように見る上に、あちらこちらに引っ張りまわされ、ロランドが疲れてしまうのが目に浮かぶ。  だが、一貴族としてお茶会のような華やかでお互いを品定めする場も必要であり、幼いころからそういった場に出向くことでいざというときにするすると達者に動く口が育つ。その口が釣る獲物は将来大きなものに変わることもしばしば、というのもいつも集まる夫人たちの話からシャリーンはしっかりとわかっていた。  未だ幼く、口も動かないこの可愛い弟が、将来思ってもいないことをぺらぺら話して、令嬢を口説き落としていくのかと思うと、少しというよりはだいぶ気分が下がるものの、それは貴族の長男として生まれたロランドの宿命でもあるのだ。    シャリーンはロランドの髪を撫でながら心の中で深いため息をつく。不思議そうな顔で自分を見つめているこの純粋な目がいつか世の女性を品定めしていくのだ。ため息もつきたくなる。    そんな現実的で夢を見ないシャリーンに母親が困った顔をしていることなど彼女自身はつゆ知らず、2人を呼ぶグロリアの声にしっかりとロランドの手を握って玄関へと向かった。  すでにお茶会が始まって数十分。いつもと違う空気に、シャリーンはロランドの手を繋ぎながら困惑した表情を浮かべていた。    確かに今日のお茶会はいつもと違っていた。いつもはガーデンパーティと称して、グレイス自慢の花が咲き誇る庭で行われているお茶会が、雨も降っていないのに室内で行われている。    降り注ぐのは太陽の光でなく、吊るされた豪華で煌びやかな、権力を誇示するような大きなシャンデリアの光だけだ。  かと言ってそれ以外に違いはない。並んでいる料理や菓子は毎度お馴染みの美味なもので、夫人たちの舌を満足させるものだ。聞いた話によると、街の人気菓子店にも勝る味という。この味目当てにお茶会に参加している夫人も多いらしい。    もう一つ違うといえば、大人達の様子だろうか。かかっている優雅な生演奏とは違い、大人の表情はいつものお茶会と違って暗く、話し声もひそやかだ。いつもなら新しく連れてこられた子供を品定めするようにじろじろと見る目も、今日は一切ロランドに向けられていない。こういう時は決まって、嫌なことが起きている。というのが子供の勘。シャリーンはロランドの手を握りながら部屋の隅で、太陽の光を受けて輝く色鮮やかな庭の花をぼんやりと見つめているしかできなかった。  心の中が不安と疑念で満たされていく。いったいこの空気は何なのだろう。お茶会に出かけるまでは普通の態度だった母親もどこか怯えたような表情で、グレイスと話し込んでいた。 「姉さま……」    隣でクッキーを食べていたロランドが不安げな声で小さく呼ぶ。こんな小さな子にすら、この不安は伝染してしまっているのだ。   「どうしたの、ロランド」 「お母さまは、どうしてあんなにこわいお顔をしているの」 「……そうね……きっとなにか大変なことが起きているんだわ。でも心配ないわ。何が起きてても、この街には自警団がいるんだもの」 「自警団はアテにならないわ、シャリーン姉様」  すぐ隣から聞こえたはきはきした声に、シャリーンはびくん、と肩を震わせて驚いた。声の主は振り向かずともわかる。グレイスの娘で、シャリーンとロランドの従姉妹である、エリシアだ。    目を向ければ、いつもと何ら変わらない自信にあふれた、およそ令嬢とは思えない仁王立ちでシャリーンたちを見ていた。背丈はあまりシャリーンと変わらないはずだが、腰に当てられた手と、威圧のある存在感が彼女の存在を大きく見せている。  同じ栗色でもシャリーンたちよりは色の濃い髪を高く2つにまとめ、お気に入りの赤いリボンでくくっている。お茶会ではもはやお馴染みと化している、彼女のツインテールと赤いドレス姿を一通り見た後、シャリーンは口を開いた。 「エリシア、今日は新しいドレスなのね。いつもより色が濃くて大人っぽいわ。あなたの大きな黒い目によく合ってる」 「シャリーン姉様こそ、今日はいつもより淡いお色なのね。姉様は緑のお色をよく好んでいらっしゃるけど、今日のお色はどちらかというと青色にも似ていてとても幻想的だわ。それに、今日はロランドも来てくれたのね」    少しかがんで、エリシアがロランドにあいさつした後、2人は顔を見合わせてこらえられず吹き出すようにして小声で笑いあう。通称大人ごっこ、と呼んでいる世辞の言い合いはお茶会で顔を合わせた際の定番になっているのだ。 「シャリーン姉様、探したのよ。ずいぶんと端の方にいたから来るまでに時間がかかってしまったわ。今日も来てくれてありがとう」 「こんな空気になっていてもやっぱり大人たちの挨拶とお世辞には付き合わされるのね……それなら私から行けばよかったわ、ごめんなさいね」    いいのよ、と小さくエリシアが笑う。毎月のように開催されるお茶会での挨拶回りは最早エリシアには慣れたものなのだろう。 「それより……」  シャリーンが声を潜めると察したかのようにエリシアが小さく頷いた。なにか事情を知っているのだろう。何分、エリシアの母親はお茶会、噂好きのグレイスだ。当然持っている情報量も他の夫人より多く、詳しい。エリシアの耳に入れまいとしていても、同じ血が流れているのだ、噂好きで好奇心旺盛のエリシア相手に全てを防ぐことは到底できないのだろう。実際のところ、エリシアの情報網もグレイスに負けないくらいは広いと聞いている。   「みんな、集まってるわ。こっちへ」    あまり危ないことに首を突っ込んでいくタイプではないのだが、大人が不安げにしながらも必死に隠そうとする何かを知らなければ、いざと言うときにロランドを守れない。  小さく頷くと、シャリーンはロランドの手を引いてエリシアの後をついて行った。
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