パねぇ世界

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「……確かに、何か変だな」  世界の節々に空白が挟まっているような、あって当然だったものが削ぎ落とされたような、少し物足りない感覚。思い出せない歌の名前を捻り出そうとしている時のような、煮え切らない気持ち。  その感覚の根源が、この囚われた半濁点付きの『は』のような気がしてきた。飛鳥がコイツを捕まえてしまったから、日本からこの文字が消えてしまったから、俺と妹は謎の違和感に襲われているのではないだろうか。 「コイツ、逃がしてやろう」  提案すると、妹は眉間にキュッと皺を寄せた。 「いや! 標本にして夏休みの自由研究にするんだから!」 「別のにしろ。にーちゃんが手伝ってやるから。例えば、蟻の観察とかどうだ?」 「去年もそれだった! これがいいったらこれがいいのっ!」  飛鳥は虫籠を抱え込みダンゴムシのように丸くなる。頑固な性格なので、ちょっとやそっとでは納得してくれないだろう。大変なことになってしまった。  とりあえず、二人で平仮名を整理してみることにする。飛鳥が持ってきた小学一年生の時の国語の教科書を広げると、そこには全ての平仮名が一覧で並べられていた。だが、やはり『は行の半濁点』の中で、虫籠の中のコイツだけ見当たらない。無論、カタカナでも同様に。辞書なんかも捲ってみたが、案の定たまに読み取れない箇所がある。  思い立ち、スマホで半濁点付きの『は』を打とうとしてみた。これも無理。実際に操作してみると、今までにこの文字を打ったことがある気もするし、ない気もする。 「平仮名とカタカナの中で、濁点がつくのは『が行、ざ行、だ行、ば行』。対して、半濁点がつくのは『ぴ、ぷ、ぺ、ぽ』だけ。この並びを見ると、確かに『は』の半濁点だけないのはおかしい気もするな」  仮に半濁点付きの『は』が存在するとすれば、ローマ字に置き換えると『PA』になる。これが不思議と発音できない。その原因が籠の中のコイツだということに、俺はいつの間にか確信に近いものを抱いていた。 「でもさー、それを言うなら『や行の《い列》と《え列》』の文字がないのも変じゃん。半濁点が使われる文字がたったのそれだけってのも変だし、濁点もある行とない行があるとか不平等。差別反対!」
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