パねぇ世界

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「……」 「どうだ! すげーだろ、にーちゃん!」 「いやいや……これ何?」  問うと、飛鳥は冷凍庫から取り出したアイスキャンディを齧りつつ「何だと思う?」と質問を返した。俺は素直に、見たままを答える。 「は」  歯でも、葉でもない。ご存知平仮名の『は』。羽を広げたアゲハチョウほどの大きさのそれが、虫籠の檻の中で浮遊し、時折くるりと回っている。磁石の反発力で浮くオブジェでこんなものがあった気がするが、それと似たような仕組みなのだろうか。 「よく見てよ、にーちゃん。『は』じゃないって、右上に丸がついてるでしょ?」  飛鳥の言う通り、漂う『は』には付属物がある。だけど、 「半濁点のついた『は』なんて、そんな文字存在しないだろ」 『か』や『さ』に半濁点のついた文字が存在しないのと同じように、『は』に半濁点という文字もまた存在しない。常識だ。 「あ、その丸ってハンダクテンって言うんだ。初めて知った」 「んなこたない。学校で習ったはずだ。つーか、何処で拾ったんだよこんなもの」  デコピンで弾くと、虫籠が倒れた。だが、中にある見たこともない気持ち悪い平仮名は体勢を崩すことなく浮き続けている。よくできてるな。 「拾ったんじゃなくて、捕まえたんだってば! 草むらをふわーって飛んでたから、虫捕り網でこうガバッと」  剣道の面打ちのような動作を見せる飛鳥。だが、俺は信じない。 「馬鹿言え。磁石で浮くおもちゃがそんな動きするわけないだろ」 「磁石? これ、自分で勝手に浮いてるんだよ」  まあ、それらしき仕組みが見当たらないことには薄々気づいていた。でも、気味が悪いので考えないようにしていたのだ。 「アタシさ、コレ捕まえてから何か変な感じするんだよね」  妹の発言により、今朝の違和感をふと思い出す。何か妙だとは感じた。でも、何がどう奇妙なのかはさっぱりわからない。なので、今朝の行動を思い返してみる。  LINEの通知で目が覚めて、■ジャマから着替えて、食■ンに■プリカとアス■ラとチーズを乗せて焼いて食べ、窓を開けると近所の■グが炎天下で散歩していて――。
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