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「おとーさん、自動販売機って、この中、どーなってるか知ってる?」
息子の聡の問いに、私は思わず辺りを見回した。
昼下がりの日曜日。のどかな街角にそびえ立つ自動販売機。目の前のタバコ屋は、開いているところを見たことがない。
「いいかい、息子よ」
私は、ハードボイルド小説の主人公のように、低い声で厳かに口を開いた。
「そういう質問は、うかつにこーゆーところで口にしてはならない」
「なんで?」
息子は不思議そうに私を見上げる。
「誰が聞いているか、わからないじゃないか」
「えーっ、なんでーっ」
「この自動販売機には、日本の国家機密がつまっているんだ。実は、この中には」
私は息子の耳元で小声で告げる。
その時、いつもは閉まっているタバコ屋のシャッターが開き、中から一人の男が出てきた。
男は私の顔をぎろりと見たが、すぐに表情を消し、自販機に手をのばした。
「ちょっとすみませんよー」
男は、自販機の扉を開き、縦並びに並んだ缶を補充し始めた。
「あー、こんなふーになってるんだー」
聡が目を輝かせて男の手元を眺めている。
「ねー、おとーさん、この中にある国家機密って何?」
「それは……」
男は作業する手を止めて、聡に向かって微笑んだ。
「坊や、自動販売機に、国家機密などないよ」
「なーんだー」
聡は、やっぱりなーというように、肩をすくめた。
「君のお父さんは、ユニークな人だね」
キラリと、私に向けられた目の端に殺意が光る。
私の背筋がゾクリとした。
「そ、そうだな。秘密はないんだ。ごめんな」
私はしどろもどろになって、聡の手を引いてその場を離れる。
男の視線がどこまでも追いかけてくるような気がした。
自動販売機には、国家機密がつまっている。
人手不足から外国からの労働者を受け入れるという法律ができる、何十年も前。
ひそかに、日本政府は宇・宙・からの労働者を受け入れた。
私は、長年自動販売機を製造する仕事をしていた。今は、別の仕事についたものの、その秘密について口外することを禁止する誓約書を何枚も書かされた。
自動販売機は、地球外生命体の職場であり、住居でもある。
目に見える機械の部分は、ただのかざり。
自動販売機の中では、いつも地球外生命体が、注文の品を作って販売しているのだ。
ただ、これは、地球外生命体に一つの国家が勝手に接触してはならないという国際法違反。
ゆえに、自動販売機の仕組みについて、我々は語ってはならないのだ。
そう、うかつに語ってはならない。
「ねえ、おとーさん、エレベーターってどうやって動いているの?」
デパートのエレベーターの中で、聡が口を開く。乗り合わせた、老婆の眼がキランと光った。
「いいかい、聡。そーゆーことをこんな公の場所で口にするもんじゃない」
私は、静かに告げる。
エレベーターの仕組みについても・、我々は語ってはいけない。
そう。我々の周囲は機密にあふれている。
好奇心は猫を殺す。
好奇心旺盛な息子の未来が、少々心配になる私であった。
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