わたしの小鳥

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わたしの小鳥

 あの子の姿は、そこにはなかった。  からっぽの箱を見つめて、私は膝をついた。  * * *  一昨日の晩、ひどい台風が来て、私の町では珍しいほどの被害が出た。  停電や断水というほどではなかったけど、翌朝になってみれば、瓦が飛んだり、木が倒れたり、小鳥たちが大量に死んでいるのが発見されたりした。  私が見つけたのは、その中の一羽。  昨日の朝。  学校へ行く途中の公園の木の根元に、たくさんの雀が力尽きて転がっていた。  風にちぎられた緑の葉っぱや、折れた枝と一緒に。  あまりの惨状にびっくりして目が離せずにいたら、うずくまって震えているあの子を見つけた。  なんだかたまらなくなって、いそいで家に戻って古いタオルと空き箱を持ち出し、あの子を包んでそっとおさめた。  家には連れて帰れない。私の親は動物が嫌いだ。  病院に連れて行きたい。でも、私はお金を持っていない。  悩んだ挙句、近くにある神社へ向かった。  神社の境内も、ひどかった。  木の枝が折れて落ちていたり、木そのものが傾いていたり。  入口近くの狛犬さえ、揃って倒れて、欠けていた。  大きな楠の梢の上にはカラスの姿も見えたけれど、下りてくる様子はなさそうだった。  ――これならかえって安心かもしれない。きっと、誰も近寄らない。  私はたっぷりと葉を茂らせたまま倒れてしまった木をよけながら、なんとかお(やしろ)まで辿り着いた。  さすが神社。  ふだんから人のいない場所だけど、お社は傷んでないようだった。  私は、そっと縁の下に箱を置いた。 「そうだ、お水とかいるよね。あと、ごはん。お米でも大丈夫かな……」  幸い、中学校からは「各自の判断で登校するように」という連絡が来ていた。家の周りの片付けでも、手伝ったことにしておこう。  私はお弁当箱からご飯を少しつまみ出し、水筒代わりにしているペットボトルから蓋を外して、そっと水を注いだ。  箱の中に、こぼさないように気を付けながら並べて置く。 「こんなので大丈夫かな……」  スマホを持っていれば、お世話の仕方を調べることもできたかもしれない。  メールやラインをする相手がいれば、何か聞くことができたかもしれない。  でも、私には何もなかった。  理解のある親も、親切な友達も、自由に使えるお金も。    みすぼらしく濡れそぼったあの子が、元気になりますようにと神社でお祈りをしてから、学校へ行った。  そして帰り際に覗いてみれば、もうその姿は消えていた。  周りには、茶色い羽が散っていた。  * * *  ――猫だったのだろうか。カラスだったのだろうか。  今日になっても、私の心は重苦しく塞いでいた。   昨日の夜、布団の中であんなに泣いたのに。  悔やまれて仕方がなかった。空っぽの箱を見るのもつらくて、家に帰ってすぐに捨てた。   親は知らない。何も気づいていない。  学校の誰にも、話してはいない。  でも私は、知っている。なにもしてあげられなかった、自分のことを。  中学校からの帰り道、もう一度神社へ足を向けた。  意外なことに、折れた枝は集められ、傾いた木はところどころ切り落とされていた。  散らばった葉っぱはまだ掃除されていなかったけど、昨日ほど苦労せず歩くことができた。狛犬は、まだ倒れたままだった。  ――ごめんね。なにもできなくて、ごめんね。  なんとなくお社に一礼してから、縁の下に手を合わせる。  どうしても謝っておきたかった。  私がご飯なんか入れていたから、餌を探している動物が寄ってきたのかもしれない。  私が縁の下なんかに箱を置いたから、野良猫がやってきてあの子を見つけてしまったのかもしれない。  きっとあの嵐の夜を、恐怖に震えながら懸命に生きのびたのであろうあの子に、ほんの一日の安らぎすらあげられなかった。  あの子を見つけたのが、私じゃなかったら。  あたたかいおうちで保護されて、丁寧なお世話を受けて、元気になっていたかもしれない。  手を合わせて、そんな想像をしている間に、何故かどうしようもなく眠くなってきた。  ――あれ? おかしい。  そう感じた時には、その眠気は強烈な「重さ」となって私の上にのしかかっていた。  意識が、なにかに引きずり込まれるようにして、深く、深く、沈んでゆく。  目を、開けようとした。  でも、わずかに瞼が持ち上がっただけで、また閉じてしまった。  体がくずおれるのが分かった。上と下がわからない。ただ、なにかにぶつかったような感触だけを感じて、私の意識は、真っ暗などこかへと呑まれていった。  * * * 『助けていただいて、ありがとうございました』  気が付くと、目の前に女の子がいて、わたしに頭を下げていた。  えんじ色の羽織と、茶色い着物。ふわふわした茶色の髪は、両耳の少し上の方でそれぞれ束ねられている。赤い飾り紐が似合って、可愛らしい。  顔を上げると、くりくりした目が現れた。小学校……低学年くらい、だろうか。 『おかげさまで、ここの土地神様にひろっていただけることになったんです。あなたがここに、つれてきてくれたから』  ――え?  目をぱちくりさせて、私は気づいた。  板張りの床。電気のない部屋。光は、格子の外から入っているだけ。  なのに、不思議なほど周りが見える。  ここは――お社の中、だ。  積もっているはずの埃も見当たらず、こんなに広いはずもないのに、そう思った。 『おそとの狛犬さまを、ごらんになりましたか?』  板間に座布団も敷かずちんまりと正座したまま、女の子は小首をかしげた。 『あのおそろしい嵐から、ここを守るために、お使いのかたがたは、力を使いはたしてしまわれたのだそうです。それで、土地神様は、あたらしいお使いが必要なのだそうです』  あの倒れて欠けていた狛犬のことか。  私は合点がいった。あんなに重そうな石像がなぜ倒れているのか、少し不思議だったからだ。 「あの……ちょっと、待って」  私はなんとか声をしぼりだした。 「あなたは……あの子、なの?」  どう呼べばいいのか、わからなかった。名前をつける余裕もなかったから。 『はい。あなたに助けていただいた、すずめです』  はきはきと答えながら、女の子は頷いた。 『わたしはここで、カラスのおじちゃんに見つけてもらいました。それで、お使いにならないかって言われたんです』 「カラスの、おじちゃん?」 『おじちゃんは、ふつうのカラスとはちがって、土地神様の代わりにあちこちを見て回ったり、いろんなことを教えてくれたりするんです』  女の子が肩ごしにふり返ると、その先――部屋の隅の方に、黒い着物の男性がやはり座布団も敷かずに座っていた。  ――え、いたっけ? さっき、この人いたっけ!?  まわりを見回した時、てっきりこの子と二人きりだと思ったのに。 『わたし、おじちゃんに、仲間はどこだって聞かれたから……みんな……死んじゃった、って言ったら……そうか、って……』  私が視線を戻した時、女の子の顔はみるみるゆがんでゆくところだった。  それまで頑張って、笑顔を保っていたのかもしれない。  膝の上に置かれた、ふたつの拳がかたく握られている。 『そ、それで、ここで、修行して、お使いになる、ことに、なったんです』  何度も声を詰まらせながら、懸命に言葉を紡ぎだす。 『そしたら、おじちゃんが、あなたも一緒にどうか、って』  ――はい? 『ここで、一緒に、お使いを、やりませんか?』  女の子の目は、真剣だった。  * * *  ――耳を塞いで、息を殺していた。  夜になると、パパとママが帰ってきて、よく喧嘩をしていたから。  小学生の頃。  聞こえないふりをして、図書室で借りてきた本を読んで、お話の中に逃げ込もうとしたこともあったけど。  やつあたりで取り上げられて、ママにめちゃくちゃに破かれてしまって。  とても返却できなくて、何度も「わすれました」とウソをついて新しい本が借りられず、とうとうごまかしきれなくなって「なくしました」と言って先生にたっぷり怒られた。みんなの本なのよ、って。  みじめで、申し訳なくて、泣いていたら、「わかればいいのよ」って言われて終わった。  押入れの中にこもって、耳を塞いだり、布団に潜り込んで寝たふりをしたり。  いつも心のどこかで緊張していた。  嵐の予兆は、かぎ取らなければいけない。  そして嵐がやってきた時は、なにも考えないようにして、なにも聞かないようにして、ただ耐えた。    だから。  だから、あの嵐が去った朝の光景が。  自分の未来の姿のような、気がして。  そこで生きのびたあの子が、私の仲間のような気がして。  その痛みが。恐怖が。救いを求める心が。  同じもののように、思えて。  だから。  だから―――  * * * 『狛犬さまは、今、二体とも、ご神木のなかに宿って、おやすみ中なんだそうです。だから、お使いは、あともう一人、なれるんです』  私はもう一度、部屋の隅にいる男性に目を向けた。  すると、男性はすっと立ち上がり、こちらへやってきた。  割と背が高い。  近所の自動販売機より、ちょっと低いくらいかもしれない。  短く刈られた黒髪と、切れ長の目。  年齢は……よくわからない。見たところ、30代にはなっていそうだけど。 『土地神様とこいつには、俺から話した。もしお前が望むなら、神の使いに召し上げられる。しかし、家に帰りたければ、無理強いはしない』  家に帰りたければ。  その言葉に、体がこわばった。帰りたい……だろうか。あの家に。  戸惑いと、不安と、迷いと。  自分の中の感情が、よくわからない。  でも多分、現世にいたければ、そうするしかない。 「あの」  混乱しながら、私は男性を見上げた。  ――お使いって、なにをするんだろう。  ――帰りたければってことは、お使いになったら帰れないってことだ。  ――お使いになったら、私はどうなるんだろう。 「どうして私なんですか」  その言葉が、口からこぼれ出た。 「この子を助けたから? それとも、お使いになるには、なにか才能とか、相性みたいなものがありますか?」 『……半分は当たっているが、少し違うな』  迷うような表情をみせて、男性は女の子の隣に座る。 『こいつを助けたから、というのは正しい。それで縁ができたからな。  それとお前、ただこいつを匿うだけじゃなく、(やしろ)にも礼を忘れなかったろう。  土地神様は、そういう人間を好む。それが相性といえば、相性かもしれん』  こいつ、と言いながら男性は女の子の頭をぐりぐり撫でた。 『……お前の声は、土地神様に間違いなく届いていた。あんなに熱心に、弔っておればな』  女の子はひょこっと大きな手から逃れて、また私に顔を向ける。両手をついて、ぐっと身を乗り出してくる。  訴えるようなまなざしは、これまでの人生で私に注がれたことのないものだった。  なんと言えばいいのだろう。  悪意や、あざけりや、怒りや、嫌悪をふくまない、視線――― 『お前、2丁目のアパートに住んでいるだろう』  いきなり家を言い当てられて、私ははっとした。 『俺は、自分が見聞きしたことを、土地神様に報告する役目を追っている。  ……もうずっと前のことだが、何度も親に叩かれている子供を見た』  それを聞いた途端、体がすぅっと、冷えていく気がした。 『人間は、夏と冬には窓を閉めるが、春と秋には開け放していることが多い。その部屋では、子供がなにかの本を読み上げさせられ、間違えるたびに叩かれていた』  ”――違う! 何回言わせるの!!”  ママの声が、耳の奥に蘇った。  それは、たぶん音読の宿題だ。毎週末、国語の教科書の習った範囲を音読して親に聞いてもらう、という課題が出ていた時期がある。  つっかえたり、読み間違えたり、言いよどんだりすると、そのたびに叩かれた。泣くとさらにママが怒るから、泣かないように、パニックにならないように、焦りと恐怖を懸命に押し殺していた。  一人の時に練習しても、ママの前では間違えてしまう。  そんな自分に、絶望していた。 『人は、我らよりも強い。  だがけして、楽園の住人ではないことは知っているつもりだ』  男性は淡々と話す。とても真面目そうな相手だと思った。 『……いつも妹の世話をさせられて怒鳴られている少年、雨の日も風の日も足をひきずって長い時間をかけて同じ店に通う老人、すぐ不安になる老婆にしょっちゅう呼ばれて気が狂わんばかりになっている嫁……みな、この近辺で見かける者達だ。  どの者の動向も気になっているが、この身でしてやれることはない。彼らは、彼らの世界に生きている』  けれど、と言葉をつないで。 『もしお前が人の世を離れ、こちらの住人となるなら。  こいつと共に、受け入れよう。お役目も、こちらの世界の(ことわり)も、全て教える。  こいつも今年生まれたばかりの若鳥で、一人では心細いだろうしな』 「なります」  ぽろっと、言葉が転がり出た。 「私にできることが、あるなら。なにかお役目をもらって、誰かの役に立てるなら……だけど」  そうだ。  私はずっと、どうしたらいいのかわからなかった。  親の表情を盗み見ながら、気配を殺して口をつぐんでいた。  友達とうまく話を合わせられなくて、どう答えたらいいのかわからずにいるうちに、誰ともほとんど話さなくなった。  この人生が、あとどのくらい続くのだろうと思っていた。  教えて欲しい。  一からやり直したい。ちゃんと教わって、今よりマシな自分になりたい。  そのために、人であることが邪魔なら、捨てたっていい。 「お願いします。私、あの……知りたいです、いろんなこと」  言いながら、自分の足元が真っ白になっていく気がした。  不出来でも、不器用でも、なんとか自分なりに必死に築いてきた生き方。  それらが全部、消えてしまう。  ――怖い、と思った。  私が、いなくなる。  けれど。 『いいだろう』  けれど、男性がうなずいた時。  泣きそうな気持ちとはまた別のところで、びっくりするほど、ほっとしている自分がいた。 『やったあ!』  ぱっと顔を輝かせて、女の子がさえずりだした。人の姿をしているのに、その喉元からはとても綺麗な鳴き声が流れ出た。  夕暮れになるとどこかの木の梢に集まって、せわしなくお喋りをしている、あの時の声。 『おじちゃん、ありがとう!!』 『いいかげん、おじちゃんはよせ』 『だって名前、呼べないもの』  ――そういえば。 「あの……なんて、お呼びすればいいんですか?」  さっきから、おじちゃんとか、こいつとか、お前とか、相手を呼ぶために使えそうな呼び方が出てこない。  うっかり失礼なことをする前に、知っておきたい。 『あのね、私は◎〇△×!』  目をキラキラさせた女の子が、ぴゅるぴゅるちゅぴ、というような声でさえずった。いや、キュルキュル? ひゅるひゅる……??  とても真似ができそうにない。 『……名乗ったとしても、呼べぬだろうな』  男性が、ほんの少し、ためいき混じりにそう言った。  ひょっとしてこの人も、カラスじゃないと呼べないような名前なのかもしれない。 『人の言葉で呼べる名をつけるといい。お互いに』  そう言われて、私と女の子は、顔を見合わせた。  え、えっと、急にそんなこと言われても……。  女の子は、嬉しそうにこちらを見つめている。どうしよう。どうしよう。  頭がまっしろになって、何も思い浮かばないのに時間だけが勝手にすぎていきそうで。 「す、すずめだから、すずちゃん……?」  名づけの基本って、たぶんこう。  と思ったけど、口に出してから思った。  私のセンス、ひどすぎる!!  でも、女の子は、にこっと笑って立ち上がった。 『すず!!』  すると、女の子の胸のあたりに、白い光が生まれた気がした。  ――チリィン――  どこからともなく、澄んだ鈴の音色が響いた。  大きな音じゃないのに、はっきりと。空気を振るわせる、その余韻の最後のひとしずくまで細やかに。  意外にも、男性の方も、真顔で頷いていた。 『鈴は魔除けの力を持つ。お使いとして、ちょうど良い名だ』  いや、すずめのすず、って言ったんだけど。  でもなんかもう、決定したっぽい?  女の子――すずちゃん――は、嬉しそうに板の間をぴょんぴょん跳ね回っている。その姿はやっぱり、子雀を思わせる。 『すず。次は、お前が名付ける番だ』  名前を呼ばれて、すずちゃんはこちらを向く。けれど、ちょっと困ったような顔をしていた。 『人のなまえって、どうつけるの?』 『……それもそうか』  頭をガシガシと掻いて、男性は言った。 『俺がつけても、構わんか?』 「あ、はい」  男性は、じっと目を細めるようにして、私の顔をみつめた。  なんだか、先生から成績を言い渡されるのを待つような、緊張感。ドキドキする。 『相方がすずだから……リン』  ――適当!!!!  思わずカッと目を見開いてしまったが、その時。  私の胸の内側から、音がした。  ――リィン――  制服の内側。胸の奥。みぞおちよりも、少し上。  さっきの鈴の音とはまた違う、でもとても澄んだ、きれいな音色。  その音は私の体の隅々まで響き、まるで水面に広がる波紋のように、私自身を浄化してゆく。  そしてほんのかすかな響きさえも、すべて綺麗に私の中を通り過ぎた後。  ふつり、と。  私自身から、なにかがちぎれて落ちていった気がした。 『あとは俺だな。いつまでも、おじちゃんではかなわん。適当につけてくれ』  やっぱり適当だったんだ。と、思いながら、私はまたあわあわした。  どう見ても年上の男の人に、名前なんてどうやってつけよう。  っていうか、さっきのアレ知った上で、まだ私にふるんだ。 「えっと……クロウ?」  たしか、カラスって、英語でクロウって言ったはず。 『苦労……』  男性が、さすがに微妙な顔をした。いやそっちじゃなくて! 「く、九郎! 九ってほら、なんか強そうだから!」  そもそも和服の男性に、カタカナの名前がめちゃくちゃ似合わない。  私は慌てて訂正した。 『――九郎』  男性が呟くと、そのみぞおちのあたりに、なにかが灯った気がした。  けれど、私やすずちゃんの時のように、目立った異変はなかった。  あれ? 『俺の真名は、土地神様から頂いたものが既にある。  これを書き換えることはできないが、お前たちから呼ばれるには九郎で充分だろう』  ふっとこちらに向けた表情が、なんだかさっきまでと違って、少し和らいでいる。   『では、土地神様に会わせよう。その前に一応、礼の取り方は教えるが』  ついてこい、と示すのは、お社の奥にある両開きの扉。  私はその扉の前で、お辞儀の仕方などの作法を教わってから、先に進んでゆくことになった。  * * *  あれから、しばらく経った。  私は、靴と鞄だけを残して、人の世から消えたことになっている。  境内の片づけに来た人たちが私の持ち物を発見し、その後警察が来ていたようだが、やがてそこも綺麗に片づけられた。  リンという名前をもらった時、何かが自分から剥がれ落ちていった気がしたが、あれはどうやら影だったらしい。  この身を地にしばりつけておくものがなくなったので、今の私は、すずや九郎さまと同じように、空を飛べる。  着るものは、白い着物をもらった。たぶん巫女さんのものに近いのだろうけれど、私はちゃんと見たことがないので、違いはよくわからない。  今でも、まるでまだ夢の中にいるような気持ちになることがあるけれど。 「ねえ、ここでいなくなったって子、まだ見つかってないの?」 「なんか、親があやしいって話だけど、どうなったんだろうねー」 「え、それもう犯人じゃん。確定じゃん」 「けど証拠がないんだってさー」  神社の前を、制服を来た集団が通り過ぎていく。  あれは、もう私には関係のない話。  鳥居のてっぺんに腰掛けている私を、彼女たちが見ることはない。 『リン―――』  お社の方から、すずが呼びに来た。  そろそろ、お勤めにもどらなくては。 『はーーーい』  私は晴れた空の下、相方によく届くよう、声をはりあげた。                             おわり。
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