第2話

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第2話

 幸多支社は基本的に定時で上がるらしい。残業ばかりだった狭島支店が嘘みたいだ。  職場の玄関口を出ると、背後から声をかけられる。 「瀬尾所長! 酷いなぁ、おいていくんだから」  うん、仕事終わりも顔が良い。  ネクタイを緩めた姿も最高にかっこいい。  俺のオフィス内での席は誕生日席だから、テクニカル課全員の顔がよく見えるのだが、豪の顔が一番良かった。 「瀬尾所長って社員寮?」 「いや、社宅の方」 「じゃあ、瀬尾所長の家で飲みましょう。俺社員寮なんですよ」  男前の笑顔は反則だ。 「いいけど、今なんもないよ」 「コンビニで酒とかつまみ買っていきましょう。転勤者同士、親睦を深めましょうよ」  親睦。親睦ねぇ。  近所のコンビニでつまみにビールと焼酎、ロックアイスと水を買う。  そのままビニール袋をぶら下げて、俺の家に向かった。  未開封の段ボールを隅に寄せて、ローテーブルの上に買ってきた酒やつまみを置く。  リゾート地での数日も、食事はほとんど酒やつまみ程度しか食べず、セックス三昧だったことを思い出した。  缶ビールを開け、つまみを食べる。  仕事のあとのビールもセックスのあとのビールもどちらも美味い。 「でもさ、あんまり仲良くし過ぎってのもなぁ」  できることならまた豪とセックスしたい。しかし、あまりにも親密でいると職場で噂になりかねない。 「秘密の関係ってのも、燃えると思わない? 瀬尾所長」 「プライベートでは、龍也でいい。俺も、プライベートでは豪って呼ぶ」 「オーケー、龍也」  ぐい、とネクタイを引っ張られ顔が近くなる。 「龍也、キスしていい?」 「さんざんキスも、それ以上もしたのに?」  そしてキス、キスキスキス。  触れ合った舌先から痺れる様なキスだ。そして唇が離れて、吐息だけがぶつかった。  互いのスーツを脱がせていく。  ホテルの部屋の薄暗い照明で見ていた豪の裸も、今こうして蛍光灯の下で見る豪の裸も、変わらずきれいだ。顔もよくて体もいい。  豪のからだに見とれていたら、ベッドに押し倒された。  豪はさわさわと俺の割れた腹の溝を指でなぞってくる。 「前も思ってたけど、すごい腹筋。ちゃんと鍛えてるんだ」 「ま、まあ……だらしないからだは嫌だから。豪だって、いいからだしてんじゃん」 「まあね~。からだがかっこいいと、女も男もヤらせてくれるしね」 「このヤリチン」 「ワンナイト楽しいじゃん。龍也だってヤリマンでしょ?」  俺はヤリマンじゃない! と否定できないのも確かだ。  そう言えば今まで何人と寝たか覚えてない。 「ね、龍也。これも何かの縁だし、セフレからはじめない?」 「なん、だよ……それ、んあっ」  からだにとろりと垂らされたローションに変な声が出る。 「いいじゃん。あれだけヤッたわけだし……ほら、乳首気持ちいいっしょ?」  ローションを纏った指で乳首をくすぐられるのは気持ちいい。 「んっ、んうぅっ! きも、ち……きもちい! ひ、あっ!」  豪の指は胸、腹筋、勃起した先端を通過し、俺の尻孔をくすぐり、つぷりと入っていく。 「ほら、あの時みたいにもっと喘げよ」  クチクチと豪の指がナカのいいところを刺激する。 「あひっ! あ、あん!」  非日常空間だからからだが勘違いをしていたのではないかと思っていたが、からだの相性は、日常の中でも最高によかった。 「おはようございます、瀬尾所長」 「ああ、おはよう。三浦くん」  2ラウンド目の夜を終えたあと、豪は社員寮へ帰っていった。  なので、とうぜん別々の出勤だ。  支店内は朝の掃除を社員全員でする。俺と豪は二人だけで第二応接室の掃除だ。  掃除と言ってもテレビ会議用のモニターや棚の上のホコリを叩くくらいの簡単なもので、これを掃除と言っていいのか分からないレベルだ。  そんなことをふたりでしていると、掃除は一瞬で終わる。 「瀬尾所長」 「なに、ん……っ!」  夜のキスよりは短く、バードキスよりは長いキス。 「朝のキス。なんてね」  豪はボソリ言ってにやりと笑う。 「……職場だぞ」 「せっかくふたりきりなんで、いいでしょう? それとも……」  シたくなる? と、耳元でささやかれる。  図星を突かれてイラッとしたので、豪の肩口にグーパンを軽く入れた。  その日は退勤後、私服に着替えた俺は繁華街の:永洲(ながす)と呼ばれる地域にある「ゲイバーあんる」へ向かった。  ここは前に通っていたゲイバーのママから紹介してもらったバーだ。 「こんばんは。るなママから紹介してもらった龍也です」 「アラ~! あなたがたーちゃんねぇ~! どーもぉ、あんるで~す。るなちゃんから聞いてるわよぉ~」 「これからお世話になります。あんるママ」 「やだもぉ! そんなに他人行儀しないでぇ~! さてと、最初の一杯は奢りよ! たーちゃんはアレでしょ? ゴッドファーザー!」  好きなカクテルまで伝わっていたとは驚きだ。 「ありがとうございます」 「はいどーぞ」  周りは薄く、底が分厚いロックグラスの中に、透き通ったゴールドの液体が満たされている。  ウィスキーの中にアーモンドの甘い香りが広がるお酒は、俺の初めての男が好んで飲んでいた酒だ。  とにかく顔が良くて、かっこいい男だった。  目の前のロックグラスに口をつける。 「あ、この味……」 「ふふ~ん。るなちゃんにカクテルの作り方教えたのもワタシなのよ」  カクテルは酒の配合によって若干味が違うが、これは飲みなれた味だった。そういうことか。 「ところで、たーちゃんってかなりの面食いなんだって?」 「それまで、るなママに聞いたんですか?」 「まぁね~。それで? こっちではイイ子見つけたの?」 「あー……実は、まあ」  イイ子、と言っていいのか分からないが、転勤先でささっとセフレと呼べる相手をゲットしたのはありがたいことだ。しかも顔が良い。 「やだ~っ! 手の早い子!」  あんるママがケタケタと笑う。 「それが、旅先で知り合った行きずりの男が、同じ職場で……」 「え~ヤダなにそれ! ロマンチックじゃなぁ~い!」 「ただ、その……その人バイだから、ちょっとなぁって」 「ああ~バイかぁ。ちょっと悩みどころねぇ」 「今セフレっぽい感じなんですけど、バイの男とセフレから発展できますかね?」 「難しい問題ね」 「やっぱそうですよね……男と女の間を行ったり来たりする奴らっすもんね」  俺の初めての男もバイだった。顔が良くて、ゴッドファーザーを飲む男。  そいつは女と結婚すると言って俺と別れた。 「まぁ、男と男の関係は、なるようにしかならないからねぇ」 「そう、ですよねー……でも、顔が良いんですよねぇ」 「アンタ本当に面食いなのね」  明日も仕事だ。  もう一杯だけと、ゴッドファーザーをおかわりして、自宅へ帰った。
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