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月夜の帰り道
オレンジ色と暗闇が溶けているような光を感じて玲奈は目を覚ました。
目の前をオレンジの光が連続で通過していく。これは街灯の光だ。その光の列で、玲奈は車の助手席に座っていることが理解できた。街灯の影が形を変えながら、玲奈が身に纏う制服に合わせてなぞっていく。
「起きたか」
運転席の圭吾の声に、玲奈は頷く。
少しうたた寝をしただけのはずだが、背中が少し痛い。座ったまま寝たせいだと玲奈は思った。
「ここどこ?」
「青葉台あたりかな」
車は玲奈の知らない間に高速道路に入っていた。さっきまで都内のイタリアンレストランにいたはずなのに、もう横浜に入っていたらしい。
助手席側の窓からは満月が見えていた。月は、車の追うように付いてきた。
「何時?」
と自分で聞いておきながら、玲奈は携帯電話のディスプレイを表示させて時間を確かめた。八時五十三分だった。LINEやアプリの通知がいくつか来ているが、玲奈はそれに構うことなく携帯電話をカバンにしまった。
「疲れてるんだな」
圭吾の声に、玲奈は頷く。
二学期が始まり、学校の感覚を取り戻しつつある中で、玲奈の所属する陸上部はハードな練習をしていた。今月末の大会に照準を合わせているからだった。
「今はハードにやって、最後の一週間は調整練習になるんだ。今は頑張りどころだね」
「怪我しないようにな」
「うん」
玲奈は横目で運転席の圭吾を見た。
「何を見てるんだ?」
「あ、バレた」
玲奈は笑った。
「いや、まだ若いなって。四十超えてるようには見えない」
「そろそろ年相応に見えないと仕事上困るんだけどな」
「えー、老けまくりより全然いいでしょ。若く見えるほうがいい」
「女の目線を基準に生きてるわけじゃないよ」
「私の目線も気にしないの?」
悪戯っぽく口元が笑みを浮かべる。チラッと横目で玲奈のその笑みを見た圭吾は苦笑した。
その後に何も言わない圭吾に、玲奈は若干の苛立ちを覚えた。
「あのさ……」
「ん?」
「本当に、もう会えないの?」
笑みの消えた玲奈が圭吾を見た。
圭吾は運転に集中するふりをした。しかし、それほど混んでいない高速道路では少し無理があった。
「その方が玲奈のためだと、オレは思うよ」
「私は誰が何て言おうと関係な……」
玲奈が言おうとした言葉を圭吾は左手を玲奈に向けることで制した。
「ありがとう。その気持ちだけで充分だ」
「……勝手だね」
不機嫌そうな声を出し、玲奈は助手席側の窓へ顔を向けた。工場地帯しか見えないその景色は決して面白いものではない。
先程から見える満月は玲奈たちを追いかけ続けるように見えた。
このまま拗ねているうちに家の近くまで送られてしまうと、それこそ終わってしまう。そう考えた玲奈は大きく息を吐き出し、気持ちを落ち着ける。
「私さ、ママにも誰にも何も言わないし、おこづかいも何もいらない。だから、これからもたまに会うはダメなのかな?」
その言葉に圭吾は自分の中に揺れ動くものを感じた。だが大人である自分がここで流されるわけにはいかない。
「玲奈には帰る家があるだろう?」
「そうだけど」
「玲奈のママとパパが待っているだろう?」
「……そうだね。新しいパパが待ってる、ね」
玲奈の声が僅かに涙声であることに圭吾は気がついた。
「ママが再婚するのは反対じゃないよ。ママが一人で私を育てるのに苦労してきたことはわかってる。ママが幸せになるならそれでいい」
玲奈の目から涙が一筋流れた。
「パパと会えなくなっちゃうのは……、嫌だな」
愛する娘の涙を前に圭吾は何を言えばよいのかわからなかった。自分の過去を悔やんでも何も変わりはしない。
自分が願いは、愛する娘が幸せに過ごしてくれることだけだ。
娘が幸せになってくれるのならば、もう会わないということも圭吾は受け止められる。
車が風を切る音に混ざって、玲奈のすすり泣く声が聞こえる。
フロントガラスの向こうに見える満月はどこまでも付いてきた。自分の過去から逃げられないとでも言うように。
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