頑張ったね、ってもう届かない君へ。

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「いや、ないない…」 怪談とか、と湧き上がってきた仄かな、恐怖心をかき消すように画面にタッチして通話にする。 もう、なんだか少しやけくそだった。 「もしもし?」 少し早口になってしまったけれど、何も無いように電話越しの相手に話しかける。いたずら電話ならすぐに切ってやる、と心に決めていた。 『…』 「もしーもーし」 無言。 正直本当に怖くなってきた。 (次呼びかけて無言なら切る) そう決めて、お腹に力を入れる。 「もしも、『朱里』ーし、え、…誰?」 確かに呼ばれた自分の名前。 『こんな時間にごめんね、...遥香だよ』 遥香、と頭の中で反復して、知らず知らずにガチガチになっていた身体から力が抜けた。 遥香、福井遥香。 なんだ、よく知っている相手じゃないか。 小学校から一緒で高校もクラスメイトで、部活仲間で、腐れ縁の幼なじみ。 相手がよく知っている人だと分かると途端に身体から力が抜ける。 正直な所、すっごく怖かった。 「え?あ、…遥香?もー!無言とかやめてよー」 怖かったー、と言えば、クスクスとスピーカーから聞こえてきた。遥香は笑っているが、こっちからしたら本当に、笑い事じゃない。 『ごめんねー、急に電話して』 「いや、…まあいいよ。何となく起きちゃってたし、別に」 『珍しいね、朱里がこんな時間に起きてるなんて』 「網戸閉めて寝てたら肌寒くてさ、スマホで時間確認したら眩しくて、寝れなくなった…」 『もー、風邪ひくよ?ちゃんと窓閉めるとか、エアコンあるでしょ?タイマーにして寝るとかしないとー』 「分かってるけと、エアコンの風って、あんまり得意じゃないんだよね」 ポンポンと言葉が出てくるし、返ってくる。 遥香との会話はいつも心地がいい。 変に肩肘張らずにいられる貴重な友人だ。 会話の途中で電話越しに聞こえてくる、コインの音にそういえば公衆電話からの着信だったと思い出した。 「遥香、公衆電話なんて、どうしたの?」 遥香は、勿論スマートフォンを持っている。そういえば、友人の中で一番最初にスマートフォンを買ってもらったのは、遥香だった。習い事をしていて遅くなる事もあるからと小学生の低学年の頃から持たされていて、それが昔はひどく羨ましかった。遥香も持ってる、羨ましい、ずるいと、両親にごねた記憶がある。結局、買ってもらったのは随分後のことだった。 ちょっとした沈黙の後、電話の向こうから息を吸う音が聞こえてきた。 『…ねえ、朱里。』 いつもと変わらない様で、何となく、少しだけ電話越しの空気が重い気がした。 「何...?」 『私、すっごく、頑張るね』 「え?、何を?」 『頑張ったら、褒めてくれる?』 「いや、だから何をよ、それに遥香いっつも頑張ってるじゃん」 遥香は凄い。小さい頃から、塾に通って、ピアノ、習字、他にもいろいろ習っている。昔から頭が良くて、なんで同じ高校に通っているのか分からないくらい、成績も良い。料理も得意、肩口で切りそろえられた黒髪はサラサラ。同い年のクラスメイトが一生懸命、化粧をして可愛くしているけれど、遥香はそんなことをしなくても、すごく可愛いくて、子供体温で、無邪気に笑う。 お菓子が好きで、空が好きで。 暖かい彼女の手が私は好きだった。 対して、成績は平凡で、ガサツな私。うちの親はよく「遥香ちゃんを見習え」と言うけれど、別にそれを口うるさいと思ったことはない。 ずっと一緒の遥香とはよく比較されるけれど、私は「そうだよ、遥香は凄いんだ」と、むしろ周りに自慢できる。 遥香は、私の憧れでこうなりたいと純粋に思える、理想的な女の子。 尊敬しているし、影でしている努力も知っている。 私が褒めなくたって、遥香を褒めてくれる人は沢山いるだろうと思いながらも、遥香が私に褒めて欲しいと思っている、という事はなんだか悪い気はしなかった。 「…まぁ、いいよ。うん、遥香がなにか頑張るって言うなら応援するし、頑張ったなら、いっぱい褒めてあげる」 ご褒美、てことでうちでパーティーでもする?と冗談めかして言えば、遥香は笑った。 電話越しで表情は分からないけれどきっと、すごく可愛い顔をして笑ってるんだろう。 『うん、ありがとう、私、頑張るから』 「ん、なんかよく分かんないけど、頑張れ!それより!もう朝方だけどまだ、全然早いんだから、早く家に帰る!公衆電話なんて、もういくら使ったの!?」 『んー、結構?』 「ほら!無駄使い!だいたい、なんで外から公衆電話なのさ、せめてスマホでかけてきなよ!」 『お財布持って、スマホは置いてきちゃった』 「おバカか!」 『やだなぁ、朱里よりは成績いいよ〜』 「知ってる!ほら、もう切るよ?どこの公衆電話か分かんないけど、早く帰るんだよ?」 『…うん朱里、ありがとうね』 「なにさ、お礼言うなら、テスト勉強みてよ〜」 『自力で頑張れ』 「えー、お願い!」 二人で笑いあった。ふと、窓の外を見るとだいぶ明るくなっているのに気がついた。壁掛け時計も肉眼で、文字盤が見える。すごく、長く会話した気がしたけれどまだ五分経っていない。それでも、学生のお財布には痛い出費だ。 「じゃ、切るからね。また後でね!」 『…うん、朱里、バイバイ』 受話器を置く音が聞こえて、ツーツーと通話が終わった機械音が響いた。 スマートフォンは通話を終了し、ホーム画面に戻っている。まだ、4時39分。 遥香はなぜ、こんな時間に財布だけを持って出歩いていたのだろう。 散歩が趣味なんて聞いたこともなかったけれど。 「まぁ、学校で聞こ」 今悩んだって答えは出ない。本人に聞くのが1番手っ取り早い。 どうせ数時間もしたら学校で会うんだから。 「さて、どうしようかな...」 すっかり眠気は覚めてしまった。今から頑張って寝直しても、すごく中途半端な気もする。しょうがない、ともう寝るのは諦めて、スマートフォンにダウンロードしているゲームを起動させた。 (授業、寝ちゃったら遥香にノート見せてもらおう) 電話の前から目は覚めていたけれど、遥香の声を聞いたらすっかり眠気が覚めてしまったのだ。それくらい許されるだろう。 今は、とりあえずゲームに集中した。
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