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住宅街を抜けて、繋がるように続くモールの中をさらに進む。
もう照明を落とした薄暗い通りの真ん中を、尻尾を立てて、お尻をふりふりしながら九丸は進む。
両脇のシャッターが下ろされた店舗になんて興味がないと言わんばかりに、無心に、そして我が物顔で進む。
爽やかな風は、トンネルの中を吹くかのように圧縮されて強さを増していた。
前行く九丸の耳が一瞬ピクンとする。
モールの終わりに差し掛かった頃、前方から、なにか優雅さえ感じさせて歩く大きな白い犬と、キャップを被った細身の女性が近づいてくるのが見えた。
このコンビは、この界隈ではちょっとした名物だ。なにせ、ロシアンウルフハウンドなんて珍しい犬を飼っている美人なんて、縦長の県内を探したっていやしないはずだ。まあ、これは犬に興味がない僕の想像でしかないけれど。
「こんばんは!」
五メートル程に近づいたところで、女性が僕好みの声で挨拶してきた。透明感のある、高すぎず、低すぎない、心地のよい声。そして、目が細められた白く繊細な顔。
「こんばんは」
僕が挨拶を返すタイミングと、ロシアンウルフハウンドのクウちゃんが九丸とゼロ距離になるのが重なる。
もう何度もこの通りで会っている。女性の名前は高橋彩芽さん。三十二歳独身。僕より二つ上。これくらいの情報は教えてもらえるくらいの仲ではある。
細く長い脚はそのままに、クウちゃんは長い首だけ下げて、九丸の顔に鼻をくっつける。
九丸も右足をちょこんとクウちゃんの口元に触れさす。これはいつもの二匹の挨拶だ。九丸の何倍かも分からないくらい大きなクウちゃんに対しても、初対面からこんな感じだった。背中を丸めて毛を逆立たせてフゥーッと威嚇することもなく、尻尾を挟んで怯えることもなく、大きなクウちゃんの余裕はともかくとして、九丸は自然と仲良くなっていた。
それにしても、彩芽さんの姿は毎度目のやり場に困ってしまう。黒のスパッツに身体のラインがハッキリと分かるピンクのTシャツ。ジョギングウェアと言えばそれまでだけれど、スタイルが良いから余計な目線で見てしまう自分がいる。まあ、好みだからそこは許して欲しい。
「九丸ちゃん、こんばんは」
しゃがんだ彩芽さんが優しい手つきで九丸の頭を撫で始めた。
彩芽さんとクウちゃんにかまってもらえて、九丸はうっとりと目を閉じている。喉元がゴロゴロなる音が僕まで聞こえてくる。
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