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「今度、ご一緒できたらいいですね」
すくっと立ち上がりながらの何気ない言葉は、多分社交辞令に過ぎないかもしれない。でも、胸を打つには十分だった。
「はい。ぜひご一緒してください」
今はこの先の具体的な提案なんてできやしない。がっつけない、どちらかといえば臆病な性格もあるかもしれないけれど、まだ、淡さを纏った青春っぽい心持ちに浸りたいのだ。
彩芽さんはクウちゃんの首筋に手を置いて、「そろそろ行きますね。九丸ちゃん、またね。佐藤さんもまた」そう言って、九丸から僕へとさらりと笑顔を流した。
クウちゃんは最後に九丸のおでこを一舐めして、彩芽さんの前を品良く歩き始める。
「彩芽さん、おやすみなさい」
僕の言葉にすれ違い様に会釈で返し、後ろで一つに束ねた髪を揺らしながら、彩芽さんは颯爽と歩き去った。何かは分からないけれど、良い香りだけが残った。
僕は少し長めに後ろ姿を見送った。
「よし。九丸、そろそろ行こうか」
顔を九丸に向けると、目が合う。見送っていたのだろうけれど、なんとなく名残惜しそうだ。分かるよ。僕も同じだ。
リードをくいっと軽く引くと、九丸は正面を向いてゆっくりと歩き始めた。
直ぐそこには、駅まで続く大通りが見えている。六車線からなる通りをヘッドライトの連なりが行き交う。平日火曜日ということもあるせいか、時間帯の割には台数はそんなに多くはない。
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