あの子がいなくなった。

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 口裂け女や、赤い服の女のように、我が町にも怪談のたぐいはある。  そのひとつが、己の子どもを探す母親の話だ。  夕方に一人で道を歩いていると、「私の子はどこに行ったの? あの子がいなくなっちゃったの」と、喪服を纏った女に言われる。  そのときは必ず「あなたの家にいますよ」と言わなければいけない。間違っても「自分の家にいる」なんて言ってはいけない。もし言ったら、その女が家まで来て呪い殺されてしまうというのだ。  ただの怪談、または作り話だと思っていた。  実際に、その(ひと)に出会うまでは─。 ────  その日の夕方、私は、唇を噛みしめながら、早足で歩いていた。俯いていたのは、泣きそうな顔を誰にも見られたくなかったからだ。  早く家に帰りたかった。  帰って、部屋で泣きたかった。 『ねー。なんか臭くない?』 『あ。わかるー。さっきから、臭うよねぇ』  自分の外見だけを磨くことに命をかけてる女子たちが、蔑むような目でこっちを見てくる。  私が何をしたというんだ。  何もしてない。  彼女たちに文句なんて言ったこともないし、教室の隅で目立たぬように生きてきただけだった。それなのに。あの日、教室で体操服に着替えていたら、急に声をかけられた。 『あっれー? 四之宮さん、タンクトップに穴、空いてない?』  ぎくっとした。思わず血の気が引いた。そういえばお母さんから、『そんなの捨てなさい』と言われたのに、色が気に入っていたから、そのままにしていた。  まさかそれを目ざとく見つけられるとは思わなくて、固まってしまった。もしかしたらそこで愛想よく笑っていれば、何かが変わったかもしれないのに。 『ねぇ、四之宮さん。もしかして怒ってる?』  クラスで最も男子に人気のある、葛原茉百合さんがきっちり整えられた眉をひそめた。大げさに、周りもはやしたててくる。 『うわ、こわー。睨まれたー?』 『え。こんなことくらいで?』 『貧乏なくせに』  最後の呟きは、誰が言ったか分からなかった。だけどその日から私は、彼女たちのオモチャになった。彼女たちの遊びの対象になってしまったのだ。  これをいじめなんて言うのは、もっと酷いいじめにあっている人に失礼だと思う。だって私は物を隠されたり、殴られたりしているわけじゃない。  だけど、嫌なものは嫌だった。  休み時間のたび、こっちを向いてヒソヒソと囁かれたり、通り過ぎ際にわざとらしく鼻をつままれたり、耳ざわりな大声で笑われたり。  だけどそれでも今日までは我慢できた。  どうでもいい人たちに何を言われても関係ないと意地を張ることもできたから。それくらいの矜持は私にもあった。  でも今日は.......。  
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