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「一人研究会?」
名取先生は拍子抜けした顔をしてみせると、私から差し出された用紙を不思議そうに受け取った。
「どうせ突拍子も無いことを言い出すんだろうと思ってはいたが、まさかここまでとは・・・」
「承認印をお願いします。顧問は要りません」
「顧問不要って、お前なあ」
名取先生は小さくため息をつくとカチャリと眼鏡のフレームに触れ悩む素振りをして見せた。
この目の前にいる名取という担任教師は常識的で生真面目な人間だが致命的な程に押しに弱い。
ただ、優しく誠実な性格なため生徒からの人気は高く、他の教師たちに比べ比較的歳が近いこともあり何かにつけて学生から相談を受けている。
「愛川、お前が人と関わるのが苦手っていうのも分からなくもないが、そもそもこのシステムはお前みたいな日頃から集団行動を避けている生徒に社会性を身につけさせる意図も含まれてるんだ」
「名取先生、それ騙されていますよ。他の先生達は大学推薦を受ける時面接で便利だからと言っていました」
「か、間接的にはそうかもしれないが・・・」
名取先生はどうしても私に“部活動”をして欲しいらしい。何とかして説得しようと必死に言葉を選んでいるのが伝わってくる。
1年の頃から担任として色々と気にかけて貰った分心苦しい気持ちがないこともないが、ここは私の今後の学校生活のために押し切らせてもらう。
そもそも、1人でこっそり部活を作って平穏を保とうとするぼっちなんて私一人に限った話ではないだろう。
「私、この部活本気なんです。人と関わるのが本気で嫌ならそもそもこんな部活創らずとも手頃な部活に入って幽霊部員を決め込めば良いだけの話じゃないですか」
「お、おう、でも・・・」
「自分の心を分解し、追求し、研究する。その為の一人研究会なんです。周囲に人がいる状態では自分と向き合う心の余裕なんて持てません」
我ながらクソみたいな説得をしている自覚はあるのだが、ここはもう勢いで畳み掛けるしかない。
普段あまり喋らない私がいきなりベラベラ語り始めて名取先生は怯んでいる。
恥をかなぐり捨ててでもこのチャンスを物にしてやる。
「私は、自分を知りたいんです」
「・・・」
数秒間、名取先生は呆気にとられた表情で用紙と私を交互に見つめると、ズレていない眼鏡をカチャリと掛け直した。
「まさか、愛川がここまではっきり自分の意見を言える子だったとは・・・」
「はい、わ、私、自分の意見ちゃんと言えます」
「まあ、そうだな。うん。突っ込みどころは満載だったが、そこまで熱意があるなら担任として協力しない訳には行かないな」
名取先生はそう言って嬉しそうに机から印鑑を取り出すと、要請用紙に承認印を押してくれた。
「・・・!ありがとうございます」
印の代わりに人として大切な何かを失ったような気もしたが、何はともあれ私はこうして“一人研究会”を創立することになったのだ。
「他の部活と兼任で良ければ俺が顧問になるよ」
「・・・え、あぁ、はい」
部員1人なのに何故か顧問までついて。
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