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事件
俺が夏目漱石のセリフを熱演してから半月、大学には不穏な空気が流れている。何事かと耳を澄ませながら歩く。それだけで、様々な情報が入ってくる。
もし彼らの話が真実だとすると、この大学の生徒が殺されたらしい。被害者は香奈美。2日も帰ってこないから両親がそろそろ警察に捜索願を出そうとした朝、玄関にダンボールが置いてあった。中には行方をくらませる前に香奈美が着ていた服と頭蓋骨が入っていたとか。
……おっと、さっきすれ違った奴の言うことには、その服は血まみれだったそうな。
なんて恐ろしい世の中なんだろう。
無関心を装って教室に入ろうとする俺の肩を、誰かが掴んだ。驚いて振り返ると、ふたりの刑事がいる。ひとりは鼻も体型もずんぐりむっくりな中年刑事で、もうひとりは針金のように細長い若い刑事だ。ついでに彼の目も針金のように細長い。
「君が淀名和和樹くんかな?」
「そうですけど……」
不安げな顔を作って、ふたりを交互に見る。
「ちょっと話を聞きたいんだけどいいかな?」
「はい、講義が始まる前に終わらせてくださいね?」
真面目ぶって言った俺を、ふたりは空き教室に連れてきた。大方元カレの俺を疑っているのだろう。レオは大学では香奈美との関係をバレないように振舞っていたから、こうして真っ先に俺が疑われてしまった。
「水野香奈美さんが殺害されたのは知ってますか?」
針金刑事が言うと、ずんぐり刑事は咎めるような目で針金刑事を睨みつける。
「えぇ、大学中で噂になってますから」
「君は香奈美さんと付き合っていたと聞いたが……」
ずんぐり刑事は言いづらそうに言う。どうやら配慮しようにも言葉が見つからないらしい。
「えぇ、半月前あたりまでは付き合ってましたよ。向こうから別れを告げられたので、うなずきました」
俺がスラスラと答えると、ふたりは顔を見合わせる。
「こういうことを聞くのは失礼なんでしょうが、何故別れたのでしょう? 君の言い方ですと、すんなり別れたように聞こえますが」
針金刑事は疑いの目を俺に向けながら言う。可哀想に、脳みその針金程度しかないらしい。
「そうですね、すんなり別れました。別れを切り出されるしばらく前から、香奈美がなんとなく目移りしている気がしたんです」
「へぇ、なるほど。でも好きな人を、そんな理由で諦められますかね?」
今度はずんぐり刑事が俺に疑いの目を向ける。こういうのは、針金刑事よりも彼の方がしっくり来る。
「刑事さん、俺が好きなのは俺に一途になってくれる女性なんです。自分だけを見てくれないのなら、付き合っていても虚しいだけじゃないですか」
「へぇ、君は達観しているね」
ずんぐり刑事は感心したように言う。
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