―数年前⑧―

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 ―――あんた、息子もいたんですか。  そんな軽口を叩くよりも早く、極めて強引に連行されていた。  ドアを開けた若い男は、父親の姿を見て、それからその背後に立つ俺の姿を見て、ぎょっとしたような顔になった。  いつもの調子で、杉嶋がへらりと笑う。 「憲吾。久しぶり。元気? ···早速なんだけどさ、この人が、電話した人。真洋くんだよ。ちょっと可哀想だから、世話してあげて。ね」   男はあからさまに混乱したようすで、額を右手で押さえる。  それだけで、彼らの関係性が分かった気がした。 「待って。親父、誰、コレ? 電話なんかしてないだろ。いきなり何なんだよ、急に」 「あれ、そうだったっけ?」 「親父·····」  黒髪の短髪。  鋭い眼差しだが、くっきりした二重のせいで、かえって色男に見える。  つまり、これまた意外なことに、杉嶋優作には、萌以外にももう一人、子供がいたらしい。それがこの塩村憲吾という男だった。  憲吾が、俺の顔に目を留める。 「ええっと、あなたも、顔色悪いですけど、大丈夫ですか? ―――あ、まさか、親父!? もしかして、またかっさらってきたんじゃないよな?!」    また?  かっさらってきた?  およそ聞き流せない言葉に俺は眉をひそめ、杉嶋優作は大袈裟にため息をつく。 「はー····、いいか憲吾。見てみろ。ほら、ちゃんと手をつないでるだろ。つまり、オレたちは仲良しなんだよ。これで犯罪になったら日本の法律どうなってるんだいって話だろうが、痛ッ!」   言い終わらないうちに、俺は容赦無く杉嶋優作の手の甲をつねり、ブンッと振り払った。  その様子を見た憲吾はさらに申し訳なさそうな顔つきになり、俺に向かって何度も頭を下げる。  親父の代わりに謝り倒さなきゃならないのは、杉嶋一族の宿命か何かなんだろうか。 「すみません···! 大丈夫ですか?!」 「大丈夫じゃないです。何か消毒できるものをください」  とはいえ、まぁ、最初からそんなふうに、初対面で胡散臭い風体だった俺を心配してしまうくらいには、憲吾はいい奴だった。
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