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もちろん、人通りの多い駅のど真ん中で、我が物顔でピアノの大音量を響かせられるような度胸なんか、私にあるわけも無い。
それから。
私は、毎日毎日、通勤するたびにグランドピアノのすぐそばを通るようになっていった。
大抵の場合、黒いグランドピアノは、いつも静かに誰かを待っていた。
そして、10回に1回くらい。
ごくごくたまに、誰かが弾いていた。
例えば。
―――飲み会帰りの女子大生たち。
楽しそうに談笑しながら。
きらきらと輝く瞳で、連弾をしていた。
―――小綺麗な格好をした、お母さんと小さな女の子。
お母さんの指示に従って、ただ、ドレミの音階を、人差し指で順に弾いていく。
時折ふわりと浮かぶ、邪気の無い笑顔。
―――あるいは、髭もじゃの、いかにもクリエイティブな格好をしたお兄さん。
たぶん、ユーチューバーか何かだったのか。
お兄さんは、友人がスマホで撮影しているそばで、流行のJ-POPを滑らかに演奏していた。
誰かがピアノの前に座っていると、私は必ず足を止めずにはいられなかった。
近くの壁に寄り掛かって、スマホをいじっている振りをしながら。
誰にも見つからないその場所で、静かに耳を澄ませて。
電車を何本逃しても、気にはならなかった。
―――もっと感じていたい。
自分でもよく理由は分からない。
ただ、その重たい振動が空気を震わせる感覚が好きだった。
プレーヤーで聞く音楽とは違う、生の楽器の、痺れるような振動。
その時感じる不思議な感覚のなかに、何かがあるような気がしていた。
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