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【過去:18歳春・現在】
僕は今年、仙台市内の大学の史学部に入学するのと同時に、生まれ故郷を出た。無論、一人暮らしだ。この街に住むことが小さい頃からの憧れだった。
憧れ。田舎が嫌いなわけじゃない。ただ、あの町に居たくないのだ。
賑やかな街も慣れてしまえば、そう煩くはない。毎日が楽しく、多くの友人も出来た。サークルにも入り、合コンにも参加する普通の学生だ。あの奇怪な欲求さえなければ。
この街には、僕の従兄妹たちもいた。藤蔓保都(ふじつるたもつ)は僕が通う大学の隣にあるミッション系の大学に、大柄美祢子(おおえみねこ)は市街から少し離れたミッション系の高校に通っていた。多くの学生たちよろしく、二人もまたキリスト教を信奉しているわけではない。ごく普通の学生だ。
関連がないわけでもないが。
僕たちの実家のある町は、その昔、『東北の長崎』と呼ばれるぐらいにキリスト教を信奉していた時期があった。だが、僕の家である土佐家はもうずいぶん昔から仏教徒だ。
改宗したのだ。誰もが歴史の授業で習っているはずである。禁教令のことを。
多くの人々が改宗した。だから、今はあの町も何ら変哲のないのどかな町だ。
皆にとっては安息の町。でも、僕たちにとっては―――。
そうだ、あの奇怪な欲求さえなければ。
保都は火に興奮し、美祢子は熱湯に魅了されている。
「なあ、保都。少し落ちつけよ」
一番町のアーケードにあるマクドナルドで、僕は保都にため息まじりに言った。これで何度目だろう。保都は苛々と机を指で突ついている。
「でも、大篭(おおかご)の奴が歯を全部抜いたって―――。お前だってわかるだろう!俺だって、もうだめだよ!」
「そうやって、追い詰めるなよ。大丈夫」
「大丈夫、大丈夫って、そんな無責任なこと言うな!」
「馬鹿!大声だすなよ」
「・・・俺、この頃、火を見ると駄目なんだ。うっとりとしてくる」
保都は両手で顔を覆い、深く息を吸った。僕は冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干すと、カバンからノートを取り出した。
「保都。話を聞けよ。もしかしたら、僕らがどうしてこうなるのか、その原因がわかるかもしれないんだ」
「・・・わかるも何も、もうわかりきったことだろう?」
「違う。僕は信じない。もしかしたらあれを回避、もしくは軽くできるかもしれない」
「え・・・?」
そう言うと、保都は顔を覆っていた両手を外した。僕は気を取り直して、話を進めた。
「いいか、そのためにも聞かなくちゃいけないんだ。キーワードはあの『たたら』なんだよ。それさえなくなれば、僕らは救われるかもしれない」
「・・・どうして『たたら』が?」
「あれが、僕らの罪悪の象徴だからさ」
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