不幸中の幸い

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裁判官が言った。 「この続きは、またにしましょう。 今日はみなさん帰った方がいいと思います。」 今日で終わらせたかったのに。 いい加減、終わらせたかったのに。 弁護士に守られるように、陽子は家庭裁判所を後にした。 (夫はもしかしたら、弁護士と私の関係を疑うんじゃないか。) そう思ったら、夫の視線が怖かった。 普段から陽子は、「男と絶対に喋るな」と言われていた。 あやしいことなんかなにもないし、だいたい男性とまったく喋らないで、生きていけるわけがない。 そう言い返しても、夫は陽子を睨みつけ、問い詰めてくる。 「俺は陽子ちゃんのこと信じていたのに!」と、駅で肩をつかまれ、壁に体を押しつけられたこともあった。 会社の企画で、陽子が、20代の会社男性経営者を1年取材し続けるという話が決まった時だった。 「信じていたのに」と言われても、別になにも悪いことはしていない。 ただ、会社の指示に従っただけ。 それなのに夫は、「どうして断わらなかったんだよ!!」と、陽子に怒鳴りまくった。 そんな人たちとも、「喋るな」と、夫は言っていた。 仕事はしてもいいと、夫に言われていた。 陽子は、雑誌編集の仕事をしている。 若い時からずっとやっていて、結婚、出産を経て、復帰した。 仕事柄、「男と喋るな」と言う方がムリだ。 会社には、陽子以外、女性は2人。 男性は12人いた。 「男と喋るな」という夫の言葉に従っていたわけじゃない。 でも? だから? あなたは浮気していたのですね。 弁護士と駅に向かっている最中に、道路が大きく揺れた。 陽子も弁護士も、周りにいた人たちも、思わず座りこむくらいの激しい揺れだった。 遠くで、ガラスの割れる音がした。 「どこかで、窓でも割れたんですかね。」 弁護士が私に言った。 駅前の大きな公園には、たくさんの人が集まって、携帯電話を覗き込んでいた。 電車はすべて「点検のため、運転を見合わせています」ということで、動いていなかった。 この場所から、陽子の家まではかなり距離がある。電車を乗り継いで、1時間ちょうどくらいかかる。 でも、復旧の見込みのなさそうな電車を待っているなんて、本当にあてにならないことだと思った。 また地面が激しく揺れた。公園の外灯があんなにグラグラと揺れるのを見たのは、生まれて初めてだった。
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